アートの才能を伸ばす女子教育
瀬戸SOLAN小学校
名古屋の外れ瀬戸市内にこの4月から新たに私立小学校ができるようですね。
グローバルな人材の育成を目指すそうですが、開校前から学校長が代わったり、HPを見ると何か怪しさも感じてしまいます。
南山小よりも学費は高く、スクールバスはあるようですが通学の利便性は悪い、卒業した後のことも良くわからないというだと思いますが、入学希望者はどのような方になるのでしょうね。
学力がめっちゃ伸びるってわけでもないし、英語は話せるようになるわけでもない。探究もめざましい成果物をつくるわけじゃないし、ハイソな社交にふさわしいマナーや礼儀をたたきこんでくれるわけでもない。
もっとも、マナー面に関しては子どもたちのバスの乗り方とか電車の乗り方、あいさつの有無でわかると思う。Googleの口コミはなぜか消されていってるけど。
通勤で同じ電車に乗る人たちには子どもたちと同じ車両を避けてるのも見たことがある。
「個性を大事にする」ってコンセプトらしいけど、どんなに個性的な子も同じ制服を着てしまえば「あ〜〇〇学園の子ね(笑)」って目線で見られることは忘れないでほしい。人生を決めるのは子どもかもしれない。けど、その子を評価するのはいつだって他人なんだよ。
個性を尊重する、非常に優れた教育環境だと感じています。
何十年も前と変わらない学習方法や、詰め込み型の教育を経て「良い高校・良い大学へ進むこと」にどれほどの意味があるのか。そうした疑問を持ち、より新しい教育を子どもに選びたいと考える、意識の高い家庭が集まる場所なのだと思います。
他人の評価ばかりを気にする子どもは、英語力を含め学力も伸びにくいでしょう。
できる・できないを決めるのは、最終的にはその子自身の努力です。だからこそ、子どもの自主性を大切にしたいと考えています。
もし「テストで高得点を取ること」や「効率的に学力を上げること」を第一に望むのであれば、そうした目的に特化した学校を選べば良いはずです。
この教育環境で育った子どもたちが、数年後どんな大人へと成長していくのか。今からとても楽しみにしています。
具体的に言うとさ
学費年間200万払ってる子が偏差値37のテスト結果をもちかえってこられた日の気持ちはわかりますかね。中受層の偏差値じゃなくて、全国の小学生の偏差値で、ですよ。
それで「ウチは偏差値重視じゃない」「学力を効率よく伸ばす場じゃない」って。いや、さすがに全員平均くらいはとってからにしましょうよ。しかも探究も全然なんか……う~んって感じ。
なんでも詰め込む学習が良くないってのはわかりますよ?偏差値偏重が良くないってことも。でもね、四則演算も、時間の計算もできない子がごろごろいる環境ってのは、そういう次元じゃないですよ。学問という基軸なくして子どもたちの探究心が伸びるとは思えません。
末筆ながら
この教育環境で育った子どもたちが、数年後どんな大人へと成長していくのか。ある意味楽しみにしています。
基礎学力を保障するという義務教育にとっての最大の責務をあまりに軽視している。「詰め込みには反対」というのを隠れ蓑にして見栄えのいい探究などを売りにしておけば多くの保護者や教員は見誤ってしまうんだろうが、本質は「基礎学力を育てる指導力・体制が無い」という事なんだと思う。
早めに辞めていった方々は先見の明が有ると最近はよく思う。一旦入った後は友達関係のことなどもあり学校を変えるのは簡単なことではない。でも、我が子の学習状況を見ていて、学校で習ったことを全然理解していなくて家で一生懸命教えなくてはならない時の落胆は本当に大きい。見栄えのいい言葉や高い学費に「きっと良いものに違いない」と思い込んでしまうことの危うさを学ぶという意味では先鋭的な場所ではあると思う。はぁ・・・。
前提として学校の方針に認識のずれがあるように感じました。
学校が偏差値を重視していないと示している以上、クラス全員の偏差値が50以上になることはあり得ませんし、30〜70まで幅広い層が同じ教室にいるのは学校の教育方針からすれば自然な結果です。
年間何百万払っていようが「偏差値を確実に平均以上に上げてくれる学校」ではないことは、入学時点で提示されている通りだと思います。
もし偏差値向上や基礎学力の確実な積み上げを求めるのであれば、そこは家庭学習や塾で補う領域です。
探究や英語など、家庭では十分にカバーしにくい部分を学校が担ってくれれば良いと思っています。
学校にすべてを丸投げして、「全て平均以上に仕上げてほしい」という期待を抱くのはさすがに求めすぎではないでしょうか。
子どもの在校時間は限られています。
そんな魔法の箱のような学校はありません。
>基礎学力を保障するという義務教育
これはつまり公立を想定されると思いますが実際に公立小の見学に行かれたことはありますか。
もしくは公立小でお勤めのご友人はいらっしゃるでしょうか。
現状として、公立小の多くは年度末までに教科書を完遂できておりません。
確かに公立ではひらがなや漢字の「とめ・はね・はらい」などの書字指導が徹底されており、その点は羨ましくもあります。しかし授業に出席しているだけで偏差値が大きく向上するかといえば、それは“極めて優秀な教員に当たった場合”に限られます。
公立で偏差値が高い子は家庭学習なり塾なりで補っています。
また公立校も現行学習指導要領に基づき、「主体的・対話的で深い学び」という名のキャッキャウフフ的活動が各教科に多く組み込まれているのが現状です。
一方、ソランについては、公立校と同等レベルの基礎学力を、より少ない授業時間で効率的に身につけ、そこで生まれた時間を探究学習や英語教育に充てるというカリキュラム設計になっていると理解しています。
探究も英語も充実させつつ、学校の学習だけで高い偏差値まで望まれるのであれば、そのバランス感をもつ別の学校を検討されたほうが現実的かもしれません。
>見栄えのいい言葉や高い学費に「きっと良いものに違いない」と思い込んでしまうことの危うさ
この点には完全に同意します。
責められるべきは学校ではなく、ご家庭の教育方針と合致していないにも関わらず高い学費から学校の方針を超えた期待を抱いてソランに丸投げしてしまったご両親です。
実際、ソランに通いつつ基礎学力も重視するご家庭は先取り学習などの家庭学習をしっかり行っていますよ。
基礎学力と偏差値向上を混同してるのかなって思った。
SOLANは、「偏差値向上はできないけど、日常会話に困らない程度の基礎学力はつけさせようと思ってます」でいいと思う。
私立公立関係なく、学校であるならば子どもに「基礎学力」をつけてもらおうと親が期待するのは前提じゃないの?託児所じゃあるまいし。本質的に望んでいるのは偏差値じゃなくて基礎学力。
学校の主義思想はどうであれ、基礎学力と偏差値をすみ分けておく冷静さは学校側がもっておくべきだと思う。
で、「時計が読めなかったり四則演算もできない子がゴロゴロいる」教室ってのは、偏差値教育がどうだとかの前に、「基礎学力に難あり」って状態じゃない?
保護者も保護者で、「子の基礎学力が心配だけど、そこはもう学校には期待していません」ってはっきり言っちゃっていいんじゃないかな。
共働きの世帯も多いと思われる中で、仕事から帰ってきてご飯つくって平日に子どもの勉強まで見てあげられる家庭は少ないはず。だから超高額な学費の先に、子どもがものすごい有能になって帰ってくるっていう期待感を抱いてしまうのは当然。そんな中で、うちの子九九もろくに教えてもらってませんってなって落差が激しくて悲しくなる気持ちもわかる。
でも結論、諦めるか自分で教えるしかないよね。学校側が「四則演算の習得は基礎学力に含まれない!」って主張すればおしまいだし。なんなら「それくらい親が教えろよ」って学校側のスタンスも理解できる。
相談とか批判とかするのであれば、探究とか英語の部分じゃないかな。私にすればそっちのほうがよくわからないんだけど。































