アートの才能を伸ばす女子教育
◆愛知万博のおもひで
私はああ、やってたね、くらいの記憶。
ところが、当時5歳以下だったはずのウチの20代スタッフ、行った子はみんな覚えてるって。
当時2歳だった子までも「◯◯館で食べた◯◯がー」とか。正気?私、ほぼそんな頃の記憶ないけど?
愛知万博に行かれた地元の皆様、20年前のおもひでをシェアしませう。
愛・地球博の会場跡地。
その後、モリコロパークという名に変わった。
変わらない景色と変わった景色。それを繋ぐ、20年前の記憶の残像。
そして、ある時からジブリパークという別名まで加わった。
それからというもの、この場所は、どこか「記念碑」よりも「非日常」という空気感を纏うようになった。
あの頃の喧騒も熱気も、うっすらと地表に沈み、まるで目には映らない「気圧の谷」のように、ひっそりとしていた。しかし、ジブリの手で再び息を吹き返した。
そう、トルメキアの女王、クシャナによって蘇った、旧世界の巨いなる兵の神(おおいなるつわもののかみ)、巨神兵のように。…いやいや、そこまで禍々しいものではないよな。
にもかかわらず─不思議なことに、私は確かに
「そこにいた」という確信を、その場所の記憶が、皮膚の裏でピリピリと訴えてくる。
目の前には記録も証拠も、デジカメ画像すらないのに、なぜか「見たことがある」と錯覚してしまう虚構の柱、質感や窓枠のかたち。
五感に訴えかけるほどの「再体験」が、まるで用意された舞台のように、記憶からシームレスに現実の私の視界へと浮かび上がる。
帰宅後、検索をする。
それは、実際にはその位置に存在しなかったパビリオンだった。
記憶は、記録よりも生臭く、融解しやすく、そして─時に人を傷つけずに欺く。
『やさしい悪魔』(キャンディーズ)
のように。
作詞は『神田川』の喜多條忠、作曲は吉田拓郎。
神田川が語りかける。
『あなたはもう忘れたかしら?』
吉田拓郎はこう答えるだろう。
『わたしは今日まで生きてみました』
しかし私はそれを不可思議とは思わなかった。
なぜなら、それはたぶん、『大切な何か』─『RPG』(SEKAI NO OWARI )
を守るための記憶の防衛本能なのだろうから。
嫉妬に駆られて、他人の書き込みに茶々入れをするような瑣末な連中も。
『正しいかどうか知りたいのだって防衛本能だ』
─『だから僕は音楽を辞めた』(ヨルシカ)
まるでヨルシカが紡いだ言葉のように、長文を書く能力も、他人の文章に緻密な返答もできないが故に、ただ、残響という名のノイズだけを残しているのだろう。
自分の存在の不確かさに『正しいかどうか知りたい』という防衛本能が、ゴミなりに発動するらしい。
それが哀れだとは思わない。
むしろ幸福なのだろう。何かを感じ取る力がないということは、世界の痛みにも鈍感でいられるということだ。
音楽を捨てたエイミーのような葛藤もなく、AIに駆逐される前に、ヒトであることの理由である「思考」を捨てた、それらゴミたちへ。ささやかな祝福を。エルマにも届くとよいな。
『前へ前へと掴み取る、無のゆらぎ
記憶の断片小説ロードムービィー
束の間に愛を サルバトールに花を……』
─『あしながのサルヴァドール』 EGO-WRAPPIN’
さて。
本当にそこにいた人間が持つ記憶とは、もっともっと無防備で、そして言葉にするには惜しすぎるもの。それが現実か幻想かの判定など、もはやどうでもいい。
問うべきなのは、「それはあったか?」ではなく、「それは残っているのか?」
「そういえば、あの時の空の色は……本当にあっただろうか?」残像という残り香の不確かさが揺らぐ。
記憶というものが、誰かの物語に似てくることがある。それこそ、『記憶の断片小説、ロードムービィ』のように。
そして、物語というものが、誰かの真実とすり替わることもある。
─ここまで語っておきながら、ふと我に返る。
そうだった。
私は、愛知万博になど行っていなかった。あの年、私は東京にいて、何か楽しげなお祭りが愛知で開催されているらしいことを、まだ「オワコン」という言葉もなかったがゆえにそう呼ばれていなかったテレビのニュースで聞いていただけだった。
トルコ館も、死海体験も、どこか遠い話だ。
はて。この記憶は、誰のものだったのだろう。この語り手は、本当に私だったのだろうか?
ロードムービィのカメラマンは父か?母か?兄か?
いや、あたしに兄なんていたんだっけ?
いや─たぶん、語っていたのは「記憶」そのものだったのかもしれない。記憶の断片小説なのだから。
記憶は人に宿るが、時として人を媒介にして、記憶そのものが我々に語りかけてくることがある。
それは「記憶」自身の─『わたしはここにいるよ』(青山テルマ)という叫びというか、願いのようなものだ。
そして私は、いま知らぬうちに、その語り部にさせられている。
この展開を書いている作者がメタフィクションなのだとすれば、私はいったい、どのフレームにいるのか?
否─それとも、いないのか?
ポスト愛知万博、20年の『時の流れに身をまかせ』たとき。─(テレサ・テン)
果たして『私が見えているもの全て』
─『雪のクリスマス』(DREAMS COME TRUE)
は真実なのか?『目に見えているもの全てが虚構』
─『ポメグラネイト』(ここなつ)
なのか?
サルヴァドールは答えてくれるだろうか?
思い出したように、ふと彼は呟く。
そうだ。
『数えきれないほどなくして
また拾い集めりゃいいさ』
─『ジターバグ』 (ELLEGARDEN)
基本、短文での茶々入れしかできない方々に何か言っても意味はありません。
構成力も思考力もない以上、彼らの理解力や判断力に何かを期待するのは、そもそも間違いです。
外からの働きかけで変化を促そうとしても無駄。足りないまま固定された脳内環境に、こちらが合わせにいく理由もありません。
誤解しようが、的外れな決めつけをしようが、それで何一つ動く、変わるものではないですから、放置が最適解です。
「彼らが何を言ったか」ではなく、「彼らには何も作れない」という事実こそがすべてです。それ以上、言葉を費やす価値はありません。
誰も読まない文章を
寂れたネットの片隅で
インターエデュに 二本の親指で 紡いでいく
─声が届かない場所に語るという行為は
まるで、密閉された宇宙服の中で詩を朗読しているみたい。
酸素はある。自分の言葉は、自分の鼓膜には届くが、その詩が誰かの肺を震わせることは、決してない。
それでも語る。
もはやそれは伝達ではなく、もちろん定着も意図しない。ただの「存在の証明」。いや、「存在した」と言う足掻きかもしれない。
返事を求めぬ言葉以上に、純粋なものはこの世に存在しない。
誰の承認も、誰の理解も、必要としない。
もうそれは意識すら超えた、魂の欠片。
だから、突き動かされるように私は語る。
産み落とされる。何かに駆られ。
この閉じた空間で。
誰にも聞かれることのない魂の欠片を浮遊させる。
たった一人で魂を紡ぐこの沈黙の宇宙は
どんな静寂よりも静かで、そして豊かだ。
他人の存在を倦んだ言葉たちは、いま、ここで。
自由になる。
─と、ひとしきり親指たちの会話を目で追うと。
またしても既視感が。記憶のジターバグを踊る。
そう。10代のあたしがどこかに紡いだ、恥ずかしい詩。ハードディスクから引っ張り出す。
更新日時
2005年05月03日 3:56
あった。これだ。
でも小学生が早朝4時に独り詩を書いてるって。どれだけ痛いやら。季節までも、本当に今時期だ。
『独りごと』
独りごと
自分のコトバなのに。妙にそっけない。
他人のコトバみたい
誰かに届くように発したものでも
聞いて欲しくて口をついて出たコトバでもなく
生み出たコトバ
独り言
意識すら離れて
ワタシから発せられるワタシじゃないコトバ
それは鼓動のように
空気を震わすことはなくて
温度すら持たない
あなたに届くことも永遠にない
拒絶されたコトバ
受け入れることもかなわぬコトバ
もし何かの間違いで
アナタに届いても
それは言い訳にしかならないと
知っている
なんて暗い詩だ。そして痛い。更に早朝4時。子供は寝とけ、の時間。いや、老人並みに早起きだったか?絶対に違う。当時から超夜型だったワタシ。
しかも当時のワタシはこれ、ラブレターと思って書いている。
まさに4月に始まった愛知万博開催中に書いた、当時の「ワタシ」の詩。誰を思って書いたのかさえ、もう覚えていない。意識的に消去したのかもしれない。
だが奇しくも今、指先から零れた文字たちと、共鳴するではないか。
20年、相も変わらず成長がない証か?
それとも、時間(トキ)を超えた意識のリンクか。
─いや、何の意味もないから。
だからまた、ここにこうして言葉を堕とす。
「まだ存在している」という、ささやかな足掻きとして。
暇なので自分の書き込みに自己レス。
読者などいないだろうが、仮に居たとすると。文中で唐突に使われた「気圧の谷」というワードセレクトに違和感を感じたかもしれない。
が─実はその後のクシャナと巨神兵の件、つまり「風の谷のナウシカ」の〈風の谷〉と対になっているのです。
「風の谷」が寓話的な再生の象徴とするなら、「気圧の谷」はその前段に横たわる沈黙や停滞、目には見えないが確かに感じ取れる沈殿地──そういった気配を、感覚の比喩として置いてみたかった。ジブリの文脈における「風」と「気圧」、視覚的な“谷”と気象的な“谷”、この微細なズレが、記憶と幻想の狭間を滑っていく足場になるのではと思ったのだ。
あたしの文章がAI丸投げだって?
おそらく、こういう自己満な表現ギミックは、インターネット上にある膨大なテキストデータを学習し、質問者からのテキストベースの質問・リクエストをキーワードごとに分析、各キーワードの次に続くテキストを統計論から導き、自然言語で構成して回答を生成するGPTくんの文章作成プロセスでは生成されないのでは?
って、
>それ以上、言葉を費やす価値はありません。
って自分で言ってたくせに、しつこく言葉を紡いでんじゃん。
AIって言われたこと、気にしてんだ?
いや。
本当に。ないよ。見ての通り、私の文章、paranoia。支離滅裂。
それを、論理的確率論で導かれたGPTの文章と思ってもらえるなんて光栄じゃないの。
いやいや、素直になれよ。そういう滅茶苦茶な自分が好きなくせに 笑
論理的体裁の整った文章と間違えられて面白いわけがないだろう?
うるさい作者だ。あたしが居るのはもっと上層のレイヤーなんだ。おまえの浅知恵なんて及ぶわけがない、っていうスタンスでこの書き込みへの自己レスを─
【速報】え、今こんなことやってんの?ってなったので、愛知万博スレで触れないわけにはいかないでしょ?
「愛・地球博20祭(あい・ちきゅうはくにじゅっさい)」
2025年3月25日〜9月25日
@長久手市・愛・地球博記念公園
いまさら博覧会? そう思った人こそ立ち止まるべき。2005年の愛・地球博からもう20年。
あの“万博以降”の20年間、何が継承され、何が霧散したか。そして、大阪が今まさにどこへ向かおうとしてるか。
「未来を担う若者たちにその成果や理念をつなげていく」と公式文面は言う。
裏を返せば、“知らない世代”がそれだけ増えたということ。それが重いか軽いかはともかく、そういうフェーズに来た。
名古屋近郊の人間にとって、あの愛知万博は単なる思い出ではない。
「長久手」という地名の意味が変わった。
それは「場所」が「記憶」になるプロセスの実例で、たとえば今の夢洲にそれが起こるか、という問いにもつながる。
万博に行ったことがある人は、あの当時のパビリオンの記憶をたどってみるもよし。
行ったことがない人は、今のコンテンツを通じて“
「あの世界観」の残り香に触れるのもいい。なにせ入場無料だし。
ちなみにリニモは今もちゃんと動いてる。
詳細は公式サイトへ:
https://aichinow.pref.aichi.jp/spots/detail/3956/
YouTubeに動画ニュースもありましたよ!
【愛知万博を振り返る】冷凍マンモスに希少動物たちの世界を学べるブースも 2205万人が来場した愛・地球博から20年
https://youtu.be/aFIGWPQb1vM
YouTubeのサイトですから安心してリンクをお踏みください。





























