在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
外見に現れる貧しさ
60代の主に女性の場合、
あらゆる部位のシミや顔や体のラインの極端な崩れ、関節の不具合、髪の薄さ、歯の手入れの無さ、素材の悪い服、履き古した靴、くたくたのバッグ、下品な笑い方、艶の無いメイク、
諸々に貧しさが現れて隠せません。
だから何を言いたいと言われるかもしれませんが、貧しい感じにはなりたくないので、アドバイスください。
「宝石が豊かさを示す」という考え方には一理あるものの、それを絶対的な価値基準とするのは短絡的でしょうね。
そもそも宝石の存在価値は、社会的ステータスや自己満足といった主観的な側面に大きく依存しています。最近では、モアッサナイトのような人工石やレプリカが非常に高い品質で作られ、見た目だけで判断するのが難しい時代になっています。
と言うよりBrillianceと呼ばれる光の屈折率は、ダイヤモンドの2.42に対してモアッサナイトは2.65~2.69とダイヤや他の天然石よりも輝きます。Fireと言う光(虹色)の分散もダイヤに対して約2.5倍もの優位性をもっていて、ダイヤより美しい虹色の輝きを放ちます。強度(耐久性)においてもモアッサナイトの方が強く、油脂が表面に蓄積すると徐々に輝きが失われるダイヤと違い、油脂を寄せ付けにくい性質をもっており、永い間洗浄しなくてもその輝きを失うことはありません。肉眼ではダイヤモンドとの判別が難しく、ダイヤモンドテスターでも以前はダイヤモンドと表示されたほどの性質をもちながら、それ以上の輝きを放ち、価格は天然ダイヤモンドの20分の1程度という大変優れた宝石です。まあ私の様なマニアは輝き過ぎでダイヤと判別できますが、どちらが綺麗で目立つかと言えば断然モアッサナイト。つまり宝石=豊かさと言う方程式は既にして形骸化しているという事です。
リアルお金持ちがあえてレプリカを日常使いする例も増えているのは、宝石そのものではなく、持ち主の品格や振る舞いが豊かさを象徴すると認識されつつあるからです。
また、「若いから金持ち風に見える」とする意見も、外見の若さに依存する価値観が内包する問題点を見落としているように感じます。加齢による外見の変化は避けられない一方で、それを「貧しさ」と直結させる視点そのものが、浅薄で短期的な物差しではないでしょうか。
本物の豊かさとは、外見を飾るアイテムに頼らずとも感じさせるものです。例えば、洗練された話し方や立ち居振る舞い、服や小物の清潔感や選び方のセンスは、年齢に関係なく印象を大きく左右します。
結局のところ、嵌めているのが石ころであろうがハリーウィンストンであろうが、「豊かさ」を示すのは物理的な宝石そのものではなく、その人が纏う全体的な雰囲気や振る舞いによるものである、という視点こそが現代的で成熟した価値観と言えるでしょうね。
>そもそも宝石の存在価値は、社会的ステータスや自己満足といった主観的な側面に大きく依存しています。
自己満足派です。時々見てニヤニヤしているタイプです。普段はあまりアクセサリーをつけないので私が宝石好きとは家族以外は知らないと思います。家には石や元素に関するオタク図鑑やブラックライトなどがあります。
石(ルース)が好きでスリランカ近くに寄る度に現地まで行き購入していたことがありました。ダイヤモンドは高過ぎますし、よくわからないですが、いつかあの有名な南アの鉱山まで豪華列車で行きたいと旅行計画をしていました。コロナで夢破れ、円安の影響でしばらく行けそうもないですが。
美しく輝くダイヤモンドは素敵ですね。でも私は少々あやしめの光の方が性に合うみたいです。
私も石、好きです。
アンモライトはいかがですか?
一つとして同じ色のない複雑な色の織りなす世界は宇宙を見ている様でいつまでも眺めていられます。
他にはパライバトルマリン、タンザナイト、ピンクスギライトとか。
どれもダイヤより安価で他の人がどう思おうが、自分がうっとり眺めていられる幸せな時間をくれますよね。
の、家に呼ばれて行った事があります。
美術品が趣味ということでまさに私設美術館。
ヨーロッパ絵画から、日本画、彫刻、プリミティブアート、コンテンポラリーアートと本当に驚くコレクション。
そのうちの一点に目が止まり、何か違和感?の様なものを感じて立ち止まってジロジロ見ていると、ニヤニヤしながら寄って来られて「そこに気づくのはお目が高いですよ。それは貴方が思っている通り、贋作です。」と言われてビックリ。それに気づかれたのは貴方で3人目、その内のお一人は美術評論家の○○さんですよ、と。
私は贋作なんていう頭は全くなかったので、そのお二人とは見識眼は全く遠く及ばないのでしょうが、確かに何か違和感は感じました。
なぜ?とお聞きすると、自称アート通の方を呼んでも、所蔵品をカタログ知識で褒めるだけで薄っぺらい人ばかり、本当にごく一部、私が遊びで混ぜている贋作に気づき、申し訳なさそうに言えないでいるのも楽しいし、何より気付かない薄っぺらい人を陰で笑うのが楽しみ、趣味悪いでしょ?と。
その後、私にどれが贋作か他は分かりますか?と聞かれ、2点当てる事ができてホッとしましたが、現実には8点の贋作が混ざっていました。3点当てるだけで凄いですよと褒めていただきましたが、1点、本物を贋作指定して笑われてしまいました。
まさに、貴族の戯れですね。
>まさに、貴族の戯れですね。
貴族の戯れなら一見さんには種明かしはしないような。
それよりも商売人的な油断のなさを感じるかな。宝石屋の中にはそのような感じで客の値踏みをする人がいます。私は好きなものは好き、で通しています。
感じ方はひとそれぞれですが。
〉私は好きなものは好き、で通しています。
感じ方はひとそれぞれですが。
この感覚、大事ですよね。
毎日、自分の好きな装いをしていると、楽しくなります。
楽しくてイキイキします。
それが元気のもとであり、若さの秘訣。
お金持ちに見える必要はありません。
みすぼらしく見えなければいい。
こないだデパートから貴金属買い取りの封書が届き、商品券に釣られて若い頃のプチネックレスを売り払いました。加齢すると若い娘が彼氏に貢がせる華奢なジュエリーは似合わなく成りますね。フェイクでも良いのでコスチュームジュエリーの大振りで派手な物がアラカンで好きですね。年齢相応とかジュエリーも加齢して似合う物の価値はハンパ無く高いです。ただロマンチストの男性が赤楚衛二さんでもジュエリーとかブランドとか即物的なプレゼントより100本の薔薇の花と言ってました。バブル世代の大御所女優とか私服が欲でギラギラしてるのも、萎えると思いますが、アクセ無しで通用する若い人の特権はもうアラカンには無いですね。




































