女子美の中高大連携授業
日本のレベルの低い国立大学法人は廃止して
もちろん、私立のFランクも淘汰して
一定レベル以上の大学に選択と集中すべき。
いわゆる、駅弁大学は整理統合しましょう。
民間大学は資本主義の論理にしたがい、
公費助成は廃止、寄付金を集めて自由にやればいい。
潰れるときは潰れる。
アメリカの私立大学も、韓国の私立大学もそのようにやっているのに、
日本の私立大学はいつまでも助成!助成!と独り立ちしないので、
大変困ったものである。
>しかし、現状の首都圏過密化現象や東京圏への大学生集中は、資本主義の視角から十分に説明しうる現実であろうことも間違いあるまい。
これはミスリードではないでしょうか。工業化以降は都市化が進むのには異論はないですが、首都一局集中とはまた別の問題です。
反例として、分散しているアメリカとドイツを挙げておきます。特にアメリカ合衆国の場合、ワシントンが首都である期間は東京より長いですが、近くのNYの方が大都市であり続けている。一方でイギリス、フランスは首都圏集中している。資本主義よりも中央集権体制や税制に依存していると考える方が自然です。
私立大学が人口の多い所に設置されるのは、理解できる。
周知のようにドイツは連邦国家であり、州ごとの権限がかなり強い。
他方、フランスは西欧有数の中央集権国家で知られる。
それらはそれぞれ独自の経緯ならびに伝統に根差したもの。
必ずしも、資本主義論だけで説明できるものではない。
また、私は資本主義に必然である「最適化」志向の一例として、首都圏の過密化現象を指摘した。しかしながら、それは必ずしも首都圏のみの集中を意味するものではない。だからこそ、私は「大都市」との表現も用いてきたのである。
封建時代ならいざ知らず、居住移転の自由が資本主義を基盤とする基本権である以上、自由意思により便利な都会へと人流が生じ、それがより利便性を高めることは自然なこと。この国の大学においても然り。それは地方だけでなく、東京にある私大であってさえ、より利便性高く「集客」力ある都心部キャンパスへの集約化・回帰現象として表面化しつつある。
極論すれば、わが国で資本主義が続く限り、地方と都市部との格差はエンドレスに拡大し続けることであろう。そして、首都に居住する権力者は形式的に地方を「地元」とし―アベの如くー、実際には教育も生活も便利な大都会で済ますとの虚偽がより進行するものと考えられる。ゆえに、危険な原発等もカネと引き換えに遠い地方に今後も押し付けることになる。
>しかし、現状の首都圏過密化現象や東京圏への大学生集中は、資本主義の視角から十分に説明しうる現実であろうことも間違いあるまい。(二俣川)
このように、
私立大学=民間大学
と定義した以上、
公費助成はおかしいだろう。
さっさと保護者助成の体裁を装った
学校法人助成を廃止すべきではないか。
憲法26条に基づき助成するのなら、
保護者に対して行うのが道理である。
>私立大学=民間大学
と定義した以上、
公費助成はおかしいだろう。 (自由)
私はそのような「定義」はしていない。
いつものことだが、勝手な前提を設けお門違いな「批判」はやめてもらいたい。
>憲法26条に基づき助成するのなら、
保護者に対して行うのが道理である。
概念法学的解釈。
本件の場合、助成の対象をどこにするのかは政策判断の問題に過ぎない。
キミが意見をパクった先生はそのように言っているのか。
誰だ?




































