女子美の中高大連携授業
なんで早慶ばかり各界で活躍する人材が目立つのか?
カンヌ国際映画祭で最高賞を受賞した是枝裕和監督も、過去2回受賞した今村昌平監督も早稲田文学部出身と言う事を思い出しました。
文学の世界でも実業の世界でも政治の世界でもマスコミ業界も、
目立つのは早慶出身者ばかりじゃないですか。
こういうと「人数が多いから」とトンマな事を言い出す方が必ずおりますが、
早慶VS旧帝に置き換えても歴然とした差があります。
どうしてこういう事になるのでしょうか?
そりゃそうでしょう。ここインターエデュですよ。
私大至上主義だし、私大や受験産業等か組んで地方、地方国立叩きしてるんだから(私大も安泰じゃないのかも)、別スレで突然地方、地方国立叩きする理由が書かれてた。私大至上主義の二俣川の書き込みが許されるのもエデュだからといえる。
〉早稲田の教授名乗っておきながら、人を見下すことを楽しんでるという。早稲田の教授ってこんなのばかりなのかね?
匿名掲示板は何者にもなれます。
名乗るのは自由です。
早稲田にとっては万が一本当に「早稲田関係者」と
思う第三者がいるリスクがあるよね。
まぁ、いないか。笑
>その競争とは、たかい技能や技術の向上をめぐる、長期の競争なのだ。
結局、若い時の低賃金を年功が重なって中高年になったときの賃金の増加で取り返せばいいという年功序列制の当たり前の原理を賛美しているに過ぎないですね。
短期の競争での損は長期の競争で取り返せばいいというわけだ。
でも、これは長期の競争のパースペクティブが技術上の根拠の下に見通せる発展段階にのみ有効な考え方であって、技術の革新的な進歩が競争の中身まで変えてしまうようなパースペクティブにおいては有効に機能しません。
つまり、現代では役に立たないということです。
カール・ポランニーは、経済活動は互酬、再配分、交換という3つの要素によって成り立っており、市場の原理を意味する「交換」は、せいぜい、文化的政治的に基礎づけられた「互酬」「再配分」の影響、支配の下で限定的な役割しか持ちえない、としている。
年功序列、終身雇用は、儒教的な倫理に基礎づけられた共同体の権力による資源、富、地位の互酬、再配分に基づいており、交換という市場原理の影響、支配を排除しうる、というわけですね。
あなたが、戦前の儒教に発揚された国家主義の賛美者であることがよくわかりました。




































