在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
なぜ年配者ほど、地方出身者ほど国立崇拝があるのか?
昔は国立大学は優秀だったのでしょうか?
地方だと教員のほとんどが地元国公立だから、その先生達に習った生徒達の中から先生が出てっていう循環が繰り返されるから地元国公立優先になりがち。
各地で独特の文化や教育があって、特異で面白い人材が生まれる事も多々あるよね。
最近だと髭男みたいな。
地方でも東北、北海道、新潟、長野あたりは早慶マーチの人気が高いと聞きますよ。
東京に憧れて東京と同じ価値観を持ってる人が多いから。代わりに地元文化や地元産業が乏しい。
首都圏の人口集中だって、かなりの理由が、これらの地域から人が移住してるだけだし。東日本の内部で移動してるだけだから、東日本トータルで調べたら、実際はあまり人口変わってないと思う。
そして、過疎の進みが激しいのも、国公立信仰が強い西日本より、これらの地域です。首都圏に人材を供給し続けてるのに首都圏にふり向かれない、個性を失った地域
価値観や文化というより、大学数と就職先数の問題なのではないでしょうか。地方では大学はまだ不足しています。
東日本では進学先が首都圏が多い。就職による移動だとさらに首都圏へ移動する(他県の大学に進学した後に首都圏で就職)。西日本ではもう少し多層的なような。
たとえば過疎の進む島根鳥取の場合、転出先は広島岡山と近畿がメインで、その次に首都圏。人口が50万~100万超の都市が結構あるので分散します。一方、東北地方は、仙台100万人の次のランクの都市の人口は30万人を切るぐらいの人口しかない。北海道も札幌以外は人口少ない。
大学は2種類ある
学術研究する大学と職業訓練する大学
前者では学術論文の質量を競い
後者では卒業生の就職実績を競う
両者はまったく別物である
前者は大学本来の姿であるが、
後者は大学ではなく専門学校と名乗るべきである
そうでしょうね。しかし、職業訓練する大学の教員の多くは、自分は研究者だと思っており、教育に100%注力することを拒む。教員本人が研究のフロンティアにいなければ、よい教育ができないという面もありますが…(教え上手・下手もあります)。
職業訓練する(大学の目的として学生に対して卒業後の仕事に必要な要素を指導する教育的側面、かつ職業訓練という言葉をあえて使用するのなら卒業後の仕事との関係性と実戦に近いことを強調)
学術論文の量質を競う(大学の目的として研究者、研究生が学んだ結果を元に継続的に研究する研究的側面)
就職実績を競う(大学の目的や活動と全く関係ない、上記の大学の教育と研究の2つの結果の話)これは大学の区分けとは関係ない。
専門学校は職業訓練の要素の実戦に特化したもの。大学でこの要素が強いのは教育学部、理工系(医学部、工学部など)。
理系の人たちは文系の学問は仕事に直接関係ないのに対して理系は専攻と関係があると主張するのも企業側が理系に求めるのがこの部分だから。
教育的側面と研究的側面は大学の持つ2つの機能として併存するのであって相反するものではない。
だだし傾向として2つの側面の強弱はある。教育的側面で特に職業訓練の要素が強いのは地方国立大学。旧帝大は教育的側面は地方国立大学のレベル以上を確保しながら相対的には研究側面のウエイトが高い。
私立大学の場合はまず文系主体の大学が多く教育的側面と研究的側面のウエイトは個別の大学によって異なり、国立大学のような文科省が設定する役割区分はない。だだし教育側面が強くても文系主体のため職業訓練的要素(仕事との関係性や実戦)は低い。
なのであなたの言う専門学校という言葉を使用すると地方国立大学がその側面が強いことになる。
だだし時には大学の価値が教育や研究ではなく入試科目の多さにあるとかに勘違いしている者が就職結果が振るわず、就職実績が良い大学に対してあそこほ就職専門学校と揶揄する時に使用する場合がある。
この場合は大学という名ばかりで就職実績が振るわない大学と就職実績が高い大学の区分け。この区分けなら旧帝大は理系が中心で就職実績が高い方いので後者の専門学校に属する。この場合は地方国立大学は専門学校ではなく大学に分類される可能性がある。




































