今年入学した高1生が語る青春リアル
高偏差値の生徒でも、東大や早稲田、慶応などの難関大学を回避するのはなぜ?今の受験生にある強い現役志向。
定員厳格化で早慶が難化しているので、浪人しても早慶に入れる保障がないからとかまたコスト意識で受験料削減のため併願が減少とか。
それよりも理由として現役志向が圧倒的に強い。
できる限り平穏に毎日を過ごすため、無理のないレベルの大学へ行き、無理のないレベルの会社へ行き、困らない程度の給料を得て、生活に必要以上を求めないことが「効率が高い」という考える生徒が多いようです。
働き方改革や効率化、夜間営業の是非などのニュースを見て、無理はしないのが正しいと捉えて、その考えのもとで、不合格になるという失敗が自分に起きる可能性がある入試は無理をして受けないのが正しいと考えるようです。
働き方改革とか長引く不況とか有給休暇取得の義務化とか父親の育児休暇取得推奨とか日本人の意識や価値観の変化は確実に今の受験生の価値観にも影響を与えてますね?
日比谷を除いては、結局は鉄緑会の指定校。
筑駒に至っては、学年の6割超が鉄緑会に在籍しているとか。
よって、学校ではなく鉄緑会の実績では?
うちも鉄緑会指定校に通っておりますが、あえてSEGに通塾しております。
現役志向が強いのは私文専願に特化した高校群じゃないかな。
筑駒など特別な高校は別ですが進学校では安易に行ける大学に進学している感じはしないですが。
東大合格数、()はうち現役数、浪人合格率
開成149(107)28.2%
麻布82(52)36.6%
ラサール41(29)29.3%
県立浦和41(21)48.8%
駒場東邦39(26)33.3%
甲陽学院32(22)31.3%
県立旭丘28(16)42.9%
武蔵23(11)52.2%
東京学芸大附属22(13)40.9%
県立千葉21(14)33.3%
県立宇都宮20(10)50.0%
都立西19(10)47.4%
都立国立13(7)46.2%
府立北野11(4)63.6%
県立明和7(2)71.4%
県立水戸一7(3)42.9%
私の頃は貧しくて浪人するなら働け、と言われ死に物狂いで勉強し現役でもちろん国公立に行きました。自分の子どもはやれ時間が無いとか部活が、とかダラダラ理由を述べてますが、甘い、本当に甘い。
浪人とか、行きたいところがある、とかで、一年間勉強だけしてたら受かるのは当たり前。限られた時間、与えられた条件で全力を尽くすのが当然。
受験勉強のタイパコスパを考えるなら、特に地方出身者は東大行くより、地方国公立の医学部に行く方が良い。同じ受験勉強して、後者は旧帝大以外は大体受かるし、医者であれば日本全国どこでも高給だからだ。東大出ても高給な会社や職業は、ほぼ首都圏と大阪に限られる。
私自身は浪人を経て大学進学した。
振り返ってみると、浪人の1年間は有意義なものだった。もし仮に現役でどこかしら受かったところに進学していたら、おそらく子供じみた幼児的な万能感から脱却することなく鼻持ちならない人間になっていたと思う。
自分の望んだものが手に入らず、noを突きつけられた絶望感に正面から向き合いうこと、18の高卒で社会のどこにも所属せず、同級生は新たな道を進んでいく中で独り予備校で勉強する生活を乗り切ったタフネスには意味があった。
これは私の経験なので他の人がどうかは知らない。
浪人に意味があるとかないとか、浪人を経験した者だけが語ることができる。
一浪して東大に行きました。
私は現役時代ろくに勉強をしなかったので、「覚悟の浪人」の上に特待生でしたが、それでも宅浪は恐ろしくてできませんでした。「ペースメーカー」は絶対に必要です。
そして浪人に「友人」は必要ありません。高校の同期が沢山居ましたが、殆ど接点を持たず、一人で勉強していました。顔見知りになった奴は沢山居ましたが、大学に入ってから初めて喋り「友達」になりました。
それくらいストイックに勉強しないと、「多浪沼」が待っています。
浪人生活のヤバいところは、目的意識があって、努力もするので、それなりに充実しているところです。それだけにハマりやすいところがあり、「東大」「京大」と言った見栄えの良い目標があると、良い私大に受かっても、目的を見失い、「仮面浪人」と称して予備校に舞い戻る人も出ます。
ストイックに集中して、一年で切り上げましょう
こうも大学進学が簡単になってしまうと、一部の超難関大学を除いて、もう日本の大学を出ても何の価値も無い。何故なら卒業も簡単だから。入学も簡単、そして大して勉強してなくても卒業も簡単なら、そりゃ価値は無くなりますって。海外の大学の卒業の難しさといったら…。雲泥の差があります。
海外の多くの国の企業でも日本の大学卒の価値を認めないところは増えて来ている印象。「どうせ大して勉強してないんでしょ?」って。
日本の大学はこの「卒業は易し」を改めないと世界で評価されるようにはならないんじゃないか?一度真剣に「大学教育とはどうあるべきか?」を考える時に来ていると感じます。




































