在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
大学受験国語を考える
現代文の題材に選ばれるような文章はポエムに過ぎないだとか、
古文や漢文はいらないだとか、
いろいろ言われていますが、
大学に入ったら嫌でも文章を読んで書かないといけないので、
おそらくは小論文などとともに残るであろう、大学受験国語。
これについて考えていきましょう。
>だから捨てたんでしょ。試験を受ける時点で選択肢にないのだから。選択するというは、試験を受ける時点でどちらでも選べる状態にあることだよ。
高校の時に私大受けるとなれば数学も含めて何の科目で受けるか選択してるでしょ?
なんでも選べる状態じゃん?
直前じゃなく前に決めてない荷が悪いの?
なに訳の分かんないこと言っての?
>東大、東工大(科学大)、一橋大はまだいいが、
早慶はこのままだと凋落するだけだよ。
早慶は凋落するかもしれないが、地方国立大学さんの凋落には敵いませんよ。
数学にしがみついていても、田舎はどうしようもない。
東京科学大学は、数学の問題で、神戸大学程度の問題を出題して、問題集や参考書に掲載されるぐらい親しみを持ってもらうようにならないと、世の中の理数系離れを食い止めることは難しいだろうね。それと、国語も入試で課して、村上陽一郎や加藤尚武のような科学哲学の人や、加藤周一とか養老孟司のような数強であろう著述家の文章を出して、文系層に関心を持ってもらわないとだめだろうな。
その早稲田といえば、政経学部出身で「新右翼」の鈴木邦男氏が亡くなった。旺盛な読書家でも知られた。私にも、若い頃に読んだ彼の『行動派のための読書術』(長崎出版、1980)がおもしろかったとの記憶がある。ある意味、憧れの存在でもあった。家内とともに2020年、東中野の映画館に同氏のドキュメンタリー映画を観に行ったとき、舞台挨拶で登壇した鈴木さんが私の知る最後の姿になった。残念に思う。
もっとも、ここで得意気に米国での賃金がどうのと得意気に語る御仁には、そうした鈴木さんの生きざまや読書の意味は、到底理解不能であろう。この御仁にとっての「勉強」とはおそらく、カネ儲けのための手段でしかないのだろうからして。思うに、若くしてあの『トヨタ』の新社長に就いた人物も、やはり早稲田の出身者とのこと。ある意味、対局にある人物をそうして輩出するところが、いかにも早稲田らしい。




































