女子美の中高大連携授業
大学受験国語を考える
現代文の題材に選ばれるような文章はポエムに過ぎないだとか、
古文や漢文はいらないだとか、
いろいろ言われていますが、
大学に入ったら嫌でも文章を読んで書かないといけないので、
おそらくは小論文などとともに残るであろう、大学受験国語。
これについて考えていきましょう。
これまでのレスの流れでは、高校は義務教育でないのだから高校生は自律的でなければならない、ぐらいの話が出てくるかなとは思ったが、やはり進学率が100%近いがゆえに出てこなかったな。正直言って、今は不登校の問題が大きくなっているから、(形式上のものも含め)中卒後に高校もしくは専修学校・フリースクール等に進むべきだという議論が出てきたりするのだろうか、とふと思った。
それは、まだ高校進学自体がデフォルトではなかった当時のあり方ではあるまいか。他方で今日、それがほぼ「準義務教育化」した今日、そこに以前と同様な価値観は必ずしも適切ではあるまい。だからこそ、行政も実質無償化を志向したのである。またそうすると、大学進学もデフォルトとなりつつある現在、それと似た現象がいよいよ大学にまで波及するとの可能性もある。20年近く前、放ったらかしが校風ですらあった早稲田にして、新入生の保護者向け就職説明会開催に時代の変化を感じた。それは、この掲示板における学生らの親御世代の書き込みからも見てとれるものだ。子の志望校も就職先もすべて本人任せであったこの私など、無責任の極みのようだ。
私の住んでいる自治体は周りの自治体に比べて相対的に高学歴の割合が低いですし、通勤・通学の時間帯以外に普段目にする人々も配送や土木作業をする中卒や高卒の人が多いうえに、親族に大卒は実質両親しかいないので、そういう感覚が付くんでしょうね。昨日の朝日新聞の夕刊の一面には技能実習生を日本に包摂しようと頑張る高校生が載っていましたが、中卒や高卒で働いてくれる人がどんどん減るとますます外国から技能実習生をたくさん受け入れざるを得なくなって結局技能実習生を二級市民扱いすることになるんじゃないかと心配しています。
国語と言っても幅広いですね。
純粋に日本語(外国人が習うような)なのか、日本語でどういう表現したものをどう読み取るか、書くか話すか、日本で学ぶ英語の逆バージョンか??
もし純な日本語というなら、古典は必須と思います。
語源から成り立ち、言い回しの変遷、仮名遣いや旧漢字。
そうでないなら、とても幅広い知識がないと読めないものも多くあります。
小説や評論にとどまらず、科学本、芸術論、哲学、海外の翻訳、くらいはまだよいかもしれませんが、現代のネット社会での言葉は、古い人はトンとわからないし、氾濫する新用語使いながらも.ネット上にも立派な文章掲載もあります。
現状でも有名な賞とれるような小説でも、古い人はチンプンカンプン、感性も何言ってるのかも読み取れなかったり。
現代国語ってやはり現代国語なのか?? それとも近年、現代、近未来なのか?
自分に関して言えば、中3から高1に上がる頃に国語を意識して勉強していなかったら、早稲田大学の入試も神戸大学の入試もパスできなかったと思う。評論文の読解問題に意識して取り組まないと試験にも読書にも対応できない。




































