在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
都立大、埼玉大、千葉大か日東駒専か?
難易度的に横国マーチあたりは難しいので、都立大か埼玉大か千葉大、日東駒専あたりを狙おうと思っていますが、どれがおすすめですか?
ちなみに日大経済や東洋の国際経済レベルの数学なら余裕で満点をとれます。
でも横国二次レベルの英語はちょっと難しいので、難易度的にこのあたりが妥当だと思っています。
よろしくお願いします。
ケインズ自身は修正資本主義者だが、その大前提に想定する人間像は私が指摘した通りのものだ。それゆえにこそ、修正を試みたともいえる。
なお付言するに、君が想定する共産主義像は一国社会主義=スターリニズムのそれだ。
せっかくだが、私は彼らを支持しない。
資本主義は、市場経済によって制御され、民主主義とも共存できるが、社会主義にはそのような役目を果たす仕組みはない。
マルクス主義は、資本主義の貧富の格差を正すために生まれたはずだった。
故に共産党独裁政権の正当性は、マルクス主義が保証しているのだ。
だが、現実の中国を見れば、資本主義国以上の貧富の格差が生まれている。
それは、社会主義では、神様ではではなく、人間という俗物が人民を統治しているからだろう。
新古典派経済学者と議論すると、ときにうんざりした思いに駆られる。市場経済至上主義の彼らには、労働者は将棋の駒どころか物理学でいう粒子の如き存在に映るらしいからだ。それゆえ、力を加えればその分だけ動くかの如く、「不採算産業から成長産業への移動」などと軽々しく語る。そこには、労働者がそれぞれ活きた生身の人間だとの観点が乏しい。たとえば、長年携わってきた仕事に対する誇りや愛着、熟練への自負。さらには、家族を含む様々な個人的事情等々。あまつさえ、労働組合運動の成果たる賃上げをも否定し、労組は自然な賃金の決定を妨げる阻害要因とまで言い捨てる。いったい、憲法がなにゆえ労働者に労働基本権を特別に保障し、労働組合法がその運動に刑事・民事免責というスペシャルな権利まで付与したと考えているのだろうか。そうした考え方が、はたして民主主義と真の意味での親和性を有するものであろうか。大いに疑問である。
ケインズと並ぶ20世紀の天才的な経済学者シュンペーターはマルクスを高く評価していた。
『資本主義、社会主義、民主主義』の構成を見てもわかる。
第1部 マルクス主義(預言者マルクス社会学者マルクス経済学者マルクス教育者マルクス)
『経済発展の理論』では、「自分の考えや目的がマルクスの経済学を基礎にしてあるものだとは、はじめ気づかなかった」「マルクスが資本主義発展は資本主義社会の基礎を破壊するということを主張するにとどまるかぎり、なおその結論は真理たるを失わないであろう。私はそう確信する」
シュンペーターが如何にマルクスから学んだかがわかる。
イデオロギーとは別に純粋な学問的見地からも、マルクスが高く評価されて来たことを理解する必要がある。
単なるマルクス・アレルギーのような議論の次元では生産的ではない。
>「マルクスが資本主義発展は資本主義社会の基礎を破壊するということを主張するにとどまるかぎり、なおその結論は真理たるを失わないであろう。私はそう確信する」
正統派マルクス経済学者は、そうしたマルクスの考え方の基礎にマルクスの唯物史観があるとみる。その当否はともかくも、それを没却した「批判」は的を射ていないと言わざるをえまい。ここでの感情的な反発の多くがそれに該当する。
また、シュムペーターのマルクス観は、その通り。その客観的な視座が、シュムペーターの名声を高めた。しかしながら、それでもなお資本主義の存続を肯定するところが、資本主義の終焉を唱えたマルクスやその修正を主張したケインズと彼との相違である。
商品の使用価値は投下した労働力で決まるとのリカードの理論を発展させたのがマルクス経済学。
不労所得の源泉となる利潤は労働からの搾取。搾取をした資本を生産手段に投じると、生産力が高度化し、経済は発展する。
資本論とは共産主義の経済学ではない。




































