女子美の中高大連携授業
共テ英語はスラスラ読めるのに日東駒専の英文さえ読めません。これが現実なのでしょうか?
共テ英語なら模試でも8割とれるのですが、日東駒専レベルの英語に躓いております。
まず単語レベルからして全然違うので、今からだともう対策が間に合わないのではないかと危惧しております。
聞けば、共テの英語は英検二級レベルの非常に簡単なものと聞きました。
もうこうなったら、そのまま地元国公立を受験するか、私大は共テ利用で目指すしかないと考えております。
東洋経済オンライン「「ひらがなも書けない新人」に現場は激怒 人手不足でも“学歴フィルター厳格化”に踏み切った企業の本音」という記事面白いですよ。
国公立とマーチ以上を採用予定だそうです。国公立であって、旧帝ではないのが注目点!国公立なら地方駅弁でもマーチ程度の学力があるとこの会社は判断してるんだね。大学名だけでなく、附属から上がっただけかもよく見て採用するんだってさ~。
だから、スレ主さん、日東駒専より地方国立大学に行きましょう。
まずは事実確認から。
あなたが言っている東洋経済の記事、元になっている企業は「ひらがなすら書けない新人が来る」という極端な事例への現場の悲鳴として紹介されているだけで、大学間比較を論じた記事ではありません。
企業側のメッセージは誰でもいいから国公立を、でも地方国立=MARCH相当、でもなく、最低限の基礎動作ができない人材が増え過ぎている、という一点です。
そこを読み落として、地方国立vs日東駒専の話にすり替えるのは、記事を材料にしたいだけの人の典型ですよ。
さて、本題ですが、
社会に出れば大学名が機能しなくなるのは、既に世界的に確認されている流れです。
肩書の外側で何を生み、どう動けるか。そこだけが残る。
だからこそ、あなたのように大学区分の話題にしがみつく人程、社会の現場で価値を示せていない可能性が高い。
普通なら自分が現場で成したことを語る。そこが空白だから大学名しか残らない。しかもエデュ民の多くは、自分の大学名すら出せず、ただ匂わせるだけ。それでは何の指標にもなりません。文字だけなら誰でもハーバード卒になれますから。
一方アメリカでは、フォーブスのシニア・コントリビューターのウィンガードがはっきりこう述べている。
「大卒が採用の保証だった時代は終わった。
多くの企業が、採用要件から『大卒』を外す。名門私立8校の学位ですら価値が揺らいでいる。」
インテリジェント・ドット・コムの調査ではアメリカの中級職の半数以上、上級職の2割近くが既に学歴不問だと。
理由は明快で、大学が生み出す学士号と現場で要求されるスキルの乖離が限界点に達したからです。だからこそ、欧米はスキルベースの採用へ移行している。
フォーブスの記事の結論はこう述べている。
「学位は決定打にならない。
自分のスキルや能力を、どう伝え、どう価値化するか。そこで勝負がつく。」
これが国際潮流で、現場の感覚です。
だから、大学名で人を並べて騒いでいる声程、社会の現場から遠い。距離が近ければ近いほど、学歴論争はどうでもよくなっていく。肩書ではなく、成果と伝達能力だけが残るから。
結局、学歴の話題に固執する人たちが証明しているのは「自分はその外側で何も語れない」という全力アピールでしかないという事。
社会はもっと先に進んでいますよ。




































