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107 コメント 最終更新:

MARCHより下の旧帝大に進学するメリット

【7740742】
スレッド作成者: 地方旧帝の再興 (ID:Z1CkZtdmghI)
2025年 12月 10日 09:23

今の若者が、地方国立ではなく、マーチにこぞって進学してしまうのを忸怩たる思いで見ています。

やはり地方に行くということは負けなのでしょうか?

【7745640】 投稿者: Margaux   (ID:VFeFs0RHzSs)
投稿日時:2025年 12月 22日 08:43

中退率の低さは教育の質というより入口で選別し出口で面倒を見る設計の結果で、欧米型の進学率と淘汰を前提にしたシステムをそのまま当てはめても、日本の雇用慣行と大学の中身が変わらない限り国力向上には直結しないと思います。

【7745987】 投稿者: 新卒   (ID:TmQ6uiVPZaE)
投稿日時:2025年 12月 22日 22:45

日本の学歴社会は「大学を出た人」の新卒入社を優遇するシステムで、それは50年以上ずっと変わらない。
大学で勉強しなくても卒業さえできればよい。卒業のハードルも低い。
大学のコストがかかるのに学力向上しないのは社会的にみて非効率だし、また特に貧困層には経済的な負担が大きい。奨学金という借金をしたりバイト漬けで、勉強は後回しになりがちだ。でも安定した正社員になるには大卒が必須だから、無理にでも大学に入ろうとする。悪循環

【7746037】 投稿者: Margaux   (ID:zTKf1/ZP3Y2)
投稿日時:2025年 12月 23日 03:40

指摘されている現象自体は事実です。ただ、その悪循環を大学側の怠慢や学生の勉強不足に還元してしまうと、構造が完全に見えなくなります。

日本の大学が卒業しやすいのは、教育の甘さというより、雇用システムの要請に最適化されてきた結果です。新卒一括採用と長期雇用を前提とする社会では、大学は学力を極限まで鍛える場ではなく、一定水準の知的耐性と集団適応力を持つ人材をまとめて送り出す装置として機能してきました。そこでは、途中淘汰を強めるほど社会全体のコストが跳ね上がります。

貧困層の負担が重いという点も、大学単体の問題ではありません。学費が高いまま、学位が就職の通行証として機能し続けているから、学習内容と無関係に進学が強制される。この歪みの原因は、大学教育と職業能力形成が切り離されたまま、新卒カードだけが過剰な価値を持ち続けている点にあります。

欧米型の厳しい淘汰を導入すれば効率が上がるという議論もありますが、日本では退学後の受け皿となる労働市場が脆弱です。大学で振り落とされた瞬間に、人生全体が不利になる社会で中退率だけを上げても、国力は上がりません。単に若年層の不安定層が増えるだけです。

問題は、大学が勉強させていないことではなく、勉強の成果が正当に評価される社会構造が欠けていることです。そこを変えずに、大学は無駄だ、非効率だと切り捨てるのは、症状を見て病名を誤る議論だと思います。

【7746101】 投稿者: 時代は変わる   (ID:IbxtjOU04hg)
投稿日時:2025年 12月 23日 09:08

>日本の学歴社会は「大学を出た人」の新卒入社を優遇するシステムで、それは50年以上ずっと変わらない。
大学で勉強しなくても卒業さえできればよい。卒業のハードルも低い。

日本のシステムは新人を職場で鍛える丁稚奉公の名残に西洋の大学という殻が合わさってできたような気がする。科学技術や富が非常に偏っていて一部の先進国と大多数の後進国という時代はこれでも良かった。でも中国や東南・南アジア諸国の産業大国化がすべてを変えてしまった。今の日本のシステムでは世界的な競争に勝つのは簡単ではないと思う。
少々遅いかもしれないけれど今こそ教育のシステムを大きく変えないといけない。

【7746297】 投稿者: Margaux   (ID:0rV502HttVU)
投稿日時:2025年 12月 23日 13:14

概ね同意します。ただ、問題は変えなければならないという結論より、何を変えずに温存してきたのかだと思います。

日本の大学は知の更新装置というより、雇用の入口を平準化するための緩衝材として機能してきました。企業は大学で鍛える前提を放棄し、大学は出口責任を持たず、学生は肩書を取りに行く。この三者の暗黙の分業が長く成立していた。それが成長期には合理的だったというだけです。

環境が変わった今も、制度の芯はほとんど動いていない。だから世界と競えないのは大学の質以前に、教育と雇用の接続設計が古いままだからです。大学を厳しくすれば解決する話でも、企業内教育を復活させれば済む話でもない。

本当に必要なのは、大学で何を身につけ、どこで何を学び直し、どの時点で評価し直すのかを社会全体で組み替えることです。入口一発勝負と新卒一括採用を前提にしたまま、教育だけ変えようとしても歪みは残ります。

遅いかどうかより、ここで設計を誤ると次の世代に取り返しのつかない負債を渡す。その局面に来ているという点では、指摘はまさに本質だと思います。

【7747004】 投稿者: 学科   (ID:z/4qciT8dB2)
投稿日時:2025年 12月 23日 23:44

資格を取得する場合、大学より学科を意識しないといけない。希望の資格が取れる学科があって、授業料が許容できるかなどで決めればいいと思う。資格を意識しない場合は、学びたいこと、研究したいこと、学びたい教授などで志望学科、専攻を決めれば、それを有する大学の中で決めればいいと思う。あとは決める時期が重要。高校2年までぐらいなら目標を比較的自由に決めれると思うけど、私大型の勉強をしていて4月に3年生になってから国公立を志望する場合は共通テストまで1年ないので、受験科目数も意識する必要あり。受験時期が近くなると自分のレベルから選択肢が決まる。出願の時期になると、上で決めた希望の学部学科とレベルの範囲で決める人が多いと思う。国公立の場合は前期、中期、後期と多くても3回しか受けられないのと、同期に1校だけの受験なので共通テストの自己採点結果次第で、受験校を変えることもある。早めに志望学科を決めるのは重要。

【7747030】 投稿者: Margaux   (ID:PZXz1jNsQRU)
投稿日時:2025年 12月 24日 00:30

あなたの書いていることは受験の作法としては正しい。でも、このスレで問題にされている悪循環とは噛み合っていない。

資格を取るなら学科を見る、学びたいことがあるなら教授や専攻を見る、早めに決めるのが大事。全部その通り。ただそれは、進学が本人の内的動機で成立している人向けの話です。今議論されているのは、学びたいから大学に行くのではなく、行かないと正社員になれないから行く人が大量に存在する構造の話。

この層に対して、学科選びを丁寧に、と言っても現実には機能しない。なぜなら彼らにとって大学は目的地ではなく通行証で、資格も研究テーマも二次的だから。だから授業料が高くても、内容に納得していなくても、借金をしてでも入る。この時点で、選択は合理的だけど自由ではない。

もう一つ重要なのは、あなたの話は個人の意思決定の最適化に終始していて、制度側がなぜそうした行動を強いているかを一切問わない点。早めに決めれば回避できる問題ではないから、50年同じ構造が続いている。

進路設計のハウツーは役に立つ人もいる。でもそれは、この悪循環の説明にも解決にもならない。むしろ個人の工夫で吸収できる問題だと誤認させる分、議論を浅くする。

大学をどう選ぶかより先に、なぜ大学を出ていないと入口に立てない社会を温存してきたのか。そこに触れない限り、どれだけ丁寧な受験論を書いても、構造の話からは外れたままだと思う。

【7747125】 投稿者: 首都圏と、それ以外で分けて考える   (ID:XAG7pjtGqFs)
投稿日時:2025年 12月 24日 09:11

今さら教育システムとか言っても、意味ありますか?

出生数が100万人を切って66万へ10年間ですが、東京埼玉千葉の減少率は更に4割台です。東日本大震災で東北から若年層が親と一緒に流出してきた分でも首都圏の高校生人口が増えてきていたのも終了、出生数の分でも国籍的に東京埼玉の新生児ですと中学受験には向かわなそうな層での増加、東京の私大にも来ていた甲信越と北関東も若年層は減少し国公立大に入れば私大には行かない、出生率では高い北陸東海を含めた西日本は国公立(中高も高専も大学も)志向が強く東京の私大には行かない。

そこに、ノーベル賞ダブル受賞で沸いて卓越大認定の一件、東京の大量の私文で口先だけの受験産業ができることは残っていないのかもしれません。

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