女子美の「なんでも質問会」レポート
【現実と】ノー勉でも6割以上取れる共テが本日開催されます【虚構】
9割 東大医学部レベル=早慶
8割 地方旧帝レベル= MARCH
7割 上位駅弁レベル=日東駒専
6割 下位駅弁レベル=大東亜帝国
>あなたの主張は一貫してこうです。
理系学部は院進がセット
それを女子が敬遠する
だから女子比率が低い
よって女子枠は不要
だから何度も書くけど
女子の比率が低い、まではあなたも理解している。
その後が違う。
女子枠は低いけどその水準がもっと下がる事がないので
これが女子のバランスなんだと。だから学部に入学した女子の進学率も高い(覚悟して入ってきているから。)
よって覚悟のできている人が進むなら支援をしよう。
そして覚悟のできていない人を入りやすい枠を作って入れるならそれは辞めたほうが良い、未知への一歩を踏み出せる人のイニシエーション的意味もあるから。だから女子枠は不要、だよ。
また女子枠が下駄を履かせたものでないなら
なおさら要らないでしょう?
能力も覚悟も十分なら一般枠で入学して来れるんだから。
と何度も書いています。
「女子枠は不要。むしろ有害になりうる」
という明確な反対論ですが…
あなた主張は、「現在の女子比率=最適解」という根拠のない前提から始まり、制度や環境の問題はすべて「覚悟」の有無にすり替えています。
しかし覚悟は結果としてしか確認できない概念で、入学前に測れるものではありません。
それにもかかわらず入口段階での是正は不要だと言い切るのは、論理として破綻しています。
結局言っていることは、「生き残れた人だけを見て、それが最初から適正人数だったと後付けで正当化する」という話であり、強者バイアスそのものです。
女子枠を否定しながら支援の重要性は語り、構造要因は否定しつつ結果だけは称賛する。前提も基準も行き来しており、論として一貫性はありません。
耳障りのよい言葉で矛盾を覆い隠した、典型的な事後合理化…要するに、支離滅裂です。
>結局言っていることは、「生き残れた人だけを見て、それが最初から適正人数だったと後付けで正当化する」という話であり、強者バイアスそのものです。
確かに強者のバイアスという所は否定しないよ。そういう世界だからね。
でも大きな勘違いもしているよ。
生き残れた人だけを見て言っているのではなく、
そもそもその道に足を踏み出せたかどうかが一番大切。
どのくらい進みたいと思っているのか?
その最初の一歩を踏み出せたなら支援しようという事。
自分で最初の一歩を踏み出せない人はいらない。
あなたはものすごく娘さんの人生に口出ししているようなので誰かを押して進ませるのが好きなのかもしれませんが、人生は自分で進むものです。
最初の一歩を踏み出せた若者なら支援しましょう。そうい事です。
どの分野でもそうですよ(と思っていましたが。)
勿論そんな事は本人の前では言いません。
日本企業と取引があり、顔つなぎの人材送り込みなら
誰でも良いと思いますが、本当にサイエンスの議論に
相手の企業をリスペクトする立場で開催する時に相手企業にPhDをこさせているのにこちらは
信頼できる修士、学士となると相手は馬鹿にされていると感じると思いますよ。
まぁ、化学系の分野ではその限りでは無いようですね。
その主張、「覚悟」や「主体性」を重視しているように見えますが、実際には選別された結果を正当化しているだけです。
「最初の一歩を踏み出せた人を支援する」と言いますが、そもそもその一歩が踏み出せるかどうかは、本人の意思以前に、家庭環境や経済状況、地域差、性別といった要因に強く左右されます。
それを無視して「踏み出せない人はいらない」と切り捨てるのは、覚悟論ではなく、強者の立場からの後付けの合理化にすぎません。
「最初の一歩を踏み出せたか」を支援条件にする時点で、努力を評価しているのではなく、最初から条件を満たせた人だけを選んでいることになります。これは、結果を入口にすり替える論理です。
旧帝大に進学した女子が、、自分で踏み出したと思っているその一歩も、実際には周囲の理解や制度、偶然の後押しがあって成立しています。
それを見落としたまま「自力で踏み出せない人はいらない」と言えるのは、生き残った側の視点だからです。
「人生は自分で進むもの」という言葉も、ここでは責任転嫁の免罪符にしかなっていません。
自分で進める状態を整える支援と、最初から進める人だけを拾い上げる選別は、全く別物です。
後者を支援と呼ぶなら、それは支援ではなく自己正当化でしょう。




































