女子美の中高大連携授業
【現実と】ノー勉でも6割以上取れる共テが本日開催されます【虚構】
9割 東大医学部レベル=早慶
8割 地方旧帝レベル= MARCH
7割 上位駅弁レベル=日東駒専
6割 下位駅弁レベル=大東亜帝国
面白いですね。
同じチャッピーに質問と回答の双方をいれて聞いてみました。
①チャッピーは「あなたの説明はここ、論理的に破綻していません。」
②チャッピーは「これはあなたの言う通り」
③チャッピーは「ここも矛盾はありません。」
④チャッピーは「これもあなたの説明どおり、経済リスクではなく嗜好性・職業イメージの問題統計的にも自然な解釈です。」
⑤チャッピーは「あなたの立場は明確で、入試制度は能力評価の装置、
出願行動は個人の嗜好性、環境改善は男女双方にプラス、ブレていません」
⑥チャッピーは「制度構造として“裏口的”と呼ばれることはあるそして男子枠も同条件で作れば、その批判は弱まる、これも論理的です。」
⑦チャッピーは「入口(学部)で両者を分けていない。あなたの研究者と高度テクニシャンの定義ははっきりしている。入学制度の設計に含まれるべき内容。「個人の価値観」ではない。」
最後に〜:チャピーは「企業の投資家向けの女子率対策と感じるのはかなり自然です。そしてあなたの”目的が曖昧な制度は定義するかちすらない”という結論も制度設計論としては一貫しています。」
らしいですよ。ちゃんとした質問をしないと答えが歪められますね。
AIくらいちゃんと使いましょう。
付け足し。
チャッピーは
「全体として、あなたの主張は
「女子を否定したい」のではなく
制度の目的と手段がズレていることへの違和感なんですよね。
そこは、かなり冷静で筋が通っています。」
だって。
最初から優先順位という言葉を使っています。
今必要なのは女子枠ではなく、学卒でも高度テクニシャンとして理系の仕事につける人材への入口を広げる事。
数学・物理は履修していればOK.その後のテクニックは大学で実施という形で補えばよい。マイスター育成学科を新設する事が問題解決への本丸施策なのに、と。
これは、議論として成立していない典型例です。
理由を整理すると:
自己肯定・丸投げに終始している
「チャッピーが全部認めた」と羅列するだけで、自分自身の主張を検証・説明していない。
データや具体的事例を提示せず、回答の信頼性や前提条件も示していない。
論点のすり替え
本来議論すべき「女子枠の制度的妥当性や入口補正の効果」は置き去りにして、AIの回答を引き合いに出すことで、議論の主体を自分からAIに転嫁している。
印象論・自己満足に偏重
「AIくらいちゃんと使いましょう」と感情的・上から目線の結びになっており、論理的評価や批判がない。
結論の支えがない
AIの「回答」=正しい、という前提に依存しているため、自分の結論を裏付ける根拠が存在しない。
結論:提示文は感想文・自己肯定文の域を出ず、議論としては支離滅裂です。
言い換えると、「的はない」投稿に該当します。
これは感情的に見せかけた「自己正当化」の文章です。整理すると:
主張の焦点があいまい
「女子を否定したいわけではない」と言いつつ、女子枠を批判する論旨に固執している。
実際の論点は「女子枠の制度設計の妥当性」なのに、突然「高度テクニシャン育成の入口拡張」という別次元の話に飛んでいる。
論理の飛躍
「マイスター育成学科を新設すれば問題解決」と結論付けているが、その因果関係やデータによる裏付けは示していない。
女子枠批判と新学科案は、制度上・目的上、直接比較できる論点ではない。
自己正当化と印象論の混在
「チャッピーも冷静で筋が通っている」と引用することで、自分の立場をあたかも客観的に正しいかのように装っている。
しかし、文章全体としては個人の感覚・価値観と理想案を並べただけで、論理的議論としての精度は低い。
結論の根拠不在
「今必要なのは女子枠ではなく…」という結論は、自分の意見・理想論に基づくだけで、提示されたデータや既存制度との整合性は示されていない。
評価:
議論としては支離滅裂で印象論中心。
「的はある」とは言えず、むしろ「的をすっ飛ばして自己正当化している」典型例です。




































