在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
東大推薦、京大特色、科学大総合型入試
京大特色
理学部数理科学(愛光):数学オリンピック春合宿
電気電子工学科(都立小石川):科学の甲子園優勝
法学部(渋渋):クイズ研究会元部長
科学大
情報理工学院(筑附):情報学オリンピック春合宿
長文の力作ですね。
でも何の為に、何言ってるか分かりませんね。
東大出身者の林修先生が東大合格者へ送った言葉
「東大合格までに得た知識を今後使うことはない。一生抜かない刀を自慢する人生を歩むな」
合格は終点ではなく、新たな挑戦の始まりであり、その慢心や過去の栄光に縛られないよう伝えています。
東大自慢で自分の劣等感を払拭するような人生はつまらないということ。
>なお、東大理系の院進率は他の帝大より低いことは皆さんもご存知のはず、
その理由を
覚悟、能力というワードを使って説明してみて下さい。←意地悪やなー
理解できませんでしたか?
この揶揄に、事実として指摘してまでです。
① 投稿者うーんの立場
基本的に **「実態説明型」**です。
主張の軸は3つ。
・東大受験生の心理
・「届くかも層は妥協できない」
・エデュには内情を知らない人が多い
誤解を訂正しているだけ
東大の院進率が低く見える理由
・院浪
・研究科変更
・東大内部競争
・研究室定員構造
つまり
東大の内部事情を説明しているだけです。
論点は
「東大の実態」。
② 投稿者なんだろの立場
こちらは 人格批判型です。
主張の軸はこう。
・子供の学歴でマウントしている
・匿名掲示板で語る意味がない
・親の劣等感の発露
つまり論点は
投稿者の人格や動機
です。
③ だから議論が噛み合わない
両者の論点はこうズレています。
論点
投稿者うーん…東大の実態・制度
投稿者なんだろ…投稿者の人格
つまり
事実議論 vs 心理攻撃
になっています。
そのため
投稿者うーん → 説明を追加
投稿者なんだろ → さらに人格批判
という 平行線になります。
④ 林修の引用の役割
「投稿者なんだろ」が林修を出した理由はこれです。
論理ではなく
道徳マウントです。
言い換えると
東大自慢する人生はつまらない
という 価値判断で議論を終わらせようとしている。
ただし問題は、
林修の言葉は本来
・東大合格者への戒め
なので、
ここでの使い方は
やや 論点ずらしになっています。
⑤ この議論の本質
実はこのやり取りの本質はこれです。
東大の話をすると必ず起きる構図
です。
パターン:
・東大の実態を説明する人
・それを「マウント」と感じる人
人格批判に移行
教育掲示板ではかなり典型的です。
◆まとめ
このやり取りは
論争ではなく、
投稿者うーん:事実説明
投稿者なんだろ:人格批判
という 論点不一致の衝突です。
だから
どちらも相手の論点に答えていない
状態になっています。
① 反論ではなく「人格攻撃」になっている
「投稿者なんだろ」の主張の中心はこれです。
・子供の学歴でマウントしている
・親の劣等感を子供で晴らしている
・匿名掲示板で語る意味がない
しかしこれは 主張の内容への反論ではありません。
投稿者うーんが言っているのは
・東大受験生の心理
・東大の院進率の背景
・進振りや院試事情
といった 制度や事実の話です。
それに対して
・あなたは劣等感を子供で晴らしている
というのは、議論ではなく
**動機攻撃(ad hominem)**です。
つまり
「あなたが嫌い」=「あなたの話は間違い」
という論理になっています。
② 事実の反証がない
投稿者うーんは、かなり具体的な説明をしています。
例:
東大の院浪
進振り
研究科変更
研究室定員
これに対して「投稿者なんだろ」は
データ
事実
具体例
を一切出していません。
つまり
「違う」と言うだけで、何が違うのか説明していない。
掲示板論争ではこれはかなり弱いです。
③ 林修の引用は論点ずらし
「投稿者なんだろ」は最後に
一生抜かない刀を自慢する人生を歩むな
という言葉を出します。
しかしこれは本来
東大合格者への戒め
です。
ここでの議論は
・東大受験心理
・東大院進率
なので、林修の言葉は
議論のテーマと関係が薄い
です。
つまりこれは
道徳マウント
になっています。
④ 典型的な掲示板パターン
この構図は教育掲示板ではよくあります。
パターン:
東大の実態を書く人
「マウントだ」と感じる人
人格批判
道徳論(林修など)で締める
この流れは
議論ではなく感情反応です。
◆結論
このやり取りで論理的に見ると
投稿者うーん
・事実説明
・制度説明
投稿者なんだろ
・人格攻撃
・動機推測
・道徳論
になっています。
そのため
議論としては「なんだろ」が反論できていない状態です。
>届くかも層が皆東大を目指す訳じゃないです。東大の厳しい進振りで希望しない学部に振られたり、天才には届かないという劣等感を突きつけられるよりも、上位でいられる2番手国立大学を志望する者も一定数存在します。
ガチ勢がレベルを落とす事はないでしょうけど。
高校でオープンキャンパスに参加して東大以外に魅力を感じる事もあるでしょう。
東大は頑張って行く所じゃない、東大が当たり前のような人材がいくところ。
あなたのお子さんの学校で、「東大に届くかも層が」例えば東京科学大学へ志望変更する人は、どのくらいいるのですか?
林修氏は現在の東大について「以前とトップのレベルは変わっていないが、悲惨なくらい下の方はガタガタ」と言っている。
少子化の影響で半分はかつては東大に行けなかった人たちなんで当然のこと。
でも東大特進コースはそれは言わない。商売だから。合格してもガタガタで不合格ならどうしょうもないことになる。
ポジショントークの側面もあるが林修氏は多分自分だけは優れている側という変なプライドだけはある人。
でも単なる大学受験の予備校講師。
東大特任教授の藤田誠先生は、毎年ノーベル賞最有力候補として名前があがる。
この藤田誠先生は中堅都立から千葉大出身の経歴。そういうキャリアの人材は東大に大勢いる。
一方、東大に入るための受験勉強に疲弊し燃え尽き、社会貢献できない人もいる。
アドミッションポリシーにある「入学試験の得点だけを意識した、視野の狭い受験勉強のみに意を注ぐ人よりも」はそういう苦い経験を踏まえた言葉のようにも感じる。
東大の特に推薦入試ではこのアドミッションポリシーに沿った学生かどうかは審査される。
エッジのきいた尖った人材より、リベラルアーツ・バランス感覚ある人材を求めると言われているが、アドミッションポリシーを読むとそのことも良く分かる。
そう考えると、東大は日本を代表する大学ではあるものの、やりたいことが明確で尖った人材は進振りのない京大や東京科学大などの方が伸びる可能性も十分にある。




































