女子美の中高大連携授業
最底辺高2生でも慶法間に合いますか
みんこう偏差値48の高校に通っている慶應法、中央法を志望している新高2です。
底辺の八月から猛勉強始めて十一月までにターゲット1200.1900を終わらしました。
文法は大岩→パターンドリル→ポラリス1→scrambleまで進んでいて
六月までに単語補充,発音を除いて完璧にする予定です。
一月の河合模試では英語偏差値52.4国語56.4で失敗してしまいましたが
5月の全統模試では英語偏差値60にいく目標を立てています。
底辺高に通ってる自分でも今からまだ間に合いますでしょうか。
それと、高校に勉強している人がいないので慶應の志望者などの
いまの時期の進度もわからないです。
その小学校からの勉強の蓄積の殆どが、慶応法学部には通用しません。というか必要がない。
英語は中学からですから、その1科目の遅れを取り戻せば大丈夫。
英語も社会も必要なのは暗記と演習です。
適当なペースメーカーとなる指導者と暗記力と根性があれば大丈夫。
国立や理系なら追い抜くのは難しいけど、
他の人が沢山の教科をやっている間にひたすら
2科目に集中するのです。
遅れの問題と地頭の問題がダブルで効いてくるので、科目を絞ればいいという単純な話ではありません。特に英語は蓄積の科目なので、be動詞の中学英語で取った遅れを高校2年で取り戻すのは容易ではありません。
しかも長文読解は英単語が分かれば解けるという問題ではありません。偏差値48スタートなら上げてニッコマでしょう。
英語はアメリカ人なら誰でも出来るのだから、量をやれば誰でも出来ます。
アメリカ帰りの帰国子女も誰でも出来るでしょ?
彼らは皆が優秀な訳ではありません。
他の科目は全然出来ない人も沢山いますが、英語はできます。
そして英語が抜群に出来れば、慶応法学部は大体受かります。
スレ主さんは書いてある内容を見れば、私は大丈夫と思いますよ。
英語をやって損はありません。
別に駄目だって良いのだから最初から無理だなんて何故言うのかわかりません。
英語をやっておけば就職にも有利。
つべこべ言わず、慶応法を目指して頑張るべし。
日本で中学受験を経験していない中学生のうち、平易な日本語の文章を正確に読解できる生徒は半分を割っています。
他方で慶応の入試問題はネイティブの成人向けに書かれた論説的な長文の読解が出ます。偏差値48では無理です。
それはさすがに乱暴。
アメリカ人なら誰でも英語ができる、帰国子女も誰でもできる、だから量をやれば誰でもできる、というのは、言語習得の前提条件を無視している。母語としての習得と、外国語としての習得は全く別物。
アメリカ人が英語をできるのは、能力ではなく環境。帰国子女ができるのも、長時間の没入環境があったから。日本の受験生が同じ条件を再現するには、相当な時間投資が必要になる。しかも、その時間は他科目とのトレードオフになる。
さらに言えば、英語ができれば慶應法が受かるというのも過度な単純化。慶應法は英語の比重が大きいとはいえ、小論文や国語の読解力、論理力も求められる。英語だけ突出していても落ちるケースはいくらでもある。
そしてもっと大きいのは、英語の価値そのものが変化していること。
正直に言えば、今は英語を必死に習得するコストパフォーマンスは、以前ほど高くない。私自身、語学には比較的適性があって、短期間である程度のレベルまで持っていけるタイプだけど、それでも最近は価値の相対的低下を強く感じる。
実際、日常会話に支障のないレベルのイタリア語がある一方で、ほぼ話せないフランス語圏でも、ChatGPTを使えば旅行の自由度に大差がない。レストランの交渉、交通機関、ホテル対応、ちょっとしたトラブル対応まで、リアルタイム翻訳でほぼ解決できる。
つまり、語学力そのものが不要になったとは言わないが、かつてのように膨大な時間を投じてまで優先すべきスキルかというと、疑問が出てきている。特に受験という限られた時間の中ではなおさら。
もちろん、英語ができて損はない。それはその通り。ただし、何でもかんでも英語に時間を投資すれば解決するという時代ではない。受験はリソース配分の問題で、どこに時間を投じるかの判断が最も重要になる。
英語万能論は、むしろ少し前の発想に見える。今は英語を神格化するより、志望校の配点構造と自分の伸びしろを見て、合理的に時間配分する方がはるかに現実的だと思う。




































