将来の選択肢が広がる学部合同説明会
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最近、ヒューマノイド、とくに「恋人ロボット」によって日本のフィジカルAI産業を成長させる、という意見を見かけます。
確かに、日本には鉄腕アトムやサイボーグ009など、ロボット文化の長い歴史があります。
ただ、ここで一度、感覚的な話ではなく数字で考えてみたいです。
¹恋人ロボットの世界市場はどの程度になるのか
②想定価格はいくらで、年間何台売れるのか
③日本企業が中国企業などと競争する場合、どの分野で優位性を持てるのか
④部品、センサー、アクチュエーター、AI、OSなど国内産業への波及はどの程度あるのか
⑤一つのヒット商品が、フィジカルAIの標準規格やプラットフォームにつながる可能性はあるのか
「日本ならではのロボットを作れば世界で売れる」という話だけではなく、
市場規模→販売台数→国内産業への波及→技術・規格への発展
まで数字で追ってみると、どこまで現実的なのか見えてくるのではないでしょうか。
恋人ロボットそのものの是非ではなく、それを起点に日本のフィジカルAI産業が成長するというシナリオが、経済的に成立するのかを考えてみたいです。
私は、ヒューマノイドの感性消費財としての側面を恋人ロボットと総称しているのです。
すべてのヒューマノイドには、恋人ロボットの側面と労務ロボットの側面があるということ。
だから、ヒューマノイドへの需要と言ったら、それは、即、恋人ロボットへの需要だということです。
思考回路の単純な三流理系には、分からないかもしれないが。
「恋人ロボット」と「ヒューマノイド」を区別することの意味は、お分かりになりますか?
「すべてのヒューマノイドには恋人ロボットの側面がある」と独自に定義してしまえば、工場用でも物流用でも介護用でも、ヒューマノイドなら全部「恋人ロボット需要」にできます。
しかし、それでは市場規模を分析する意味がありません。
ヒューマノイド市場と、コンパニオン・恋人ロボット市場を区別した上で、その中でどれだけの需要があるのかを測る。
今回聞いているのは、まさにそこです。
「ヒューマノイドへの需要=恋人ロボットへの需要」としてしまうのは、区別すべき市場を最初から一緒にしているだけではないでしょうか。
具体例を一つ挙げます。
BMWは米国サウスカロライナ州のスパータンバーグ工場で、Figure AIのヒューマノイド「Figure 02」を実際の生産ラインに導入しています。
約10か月間、1日10時間・週5日で稼働し、9万個以上の部品を扱いました。作業内容は、板金部品を溶接工程用の治具に正確にセットするという、まさに生産現場での作業です。
さらに後継機の「Figure 03」も、2026年には組立・物流ホールで部品のシーケンス作業に導入されています。BMW自身が、こうした取り組みを「Physical AI in production」と位置づけています。
これを「恋人ロボットの側面」として一括りにするのは、さすがに無理があるでしょう。
ヒューマノイドは、すでに
・工場での生産作業
・物流・搬送
・家庭での生活支援
・介護
・コンパニオン
など、異なる目的で開発・導入されています。
つまり、同じ「ヒューマノイド」という形態でも、需要を生み出している経済的な理由はまったく違います。
「すべてのヒューマノイドには恋人ロボットの側面がある」という定義を採用すること自体は自由ですが、それによってBMWの工場で働くロボットまで「恋人ロボット需要」に算入するのであれば、もはや「恋人ロボット市場」という言葉で何を測っているのか分からなくなります。
実際の市場を論じるなら、用途別に需要を切り分けるのが最低限の作法でしょう。
そこを全部「恋人ロボット需要」にしてしまったら、数字を分析しているのではなく、数字を都合よく拾っているだけです。
>ヒューマノイドは、すでに
・工場での生産作業
・物流・搬送
・家庭での生活支援
・介護
・コンパニオン
など、異なる目的で開発・導入されています。
まあ、用途別の分類ではこうなるでしょうね。
だったら、コンパニオンロボットの需要と訊けばいいのです。
恋人ロボットというのは、ヒューマノイドの感性消費財としての側面を表す概念で、具体的な用途ではない、という議論が分かりませんか?
これだから、三流理系は、、、
これは、むしろ論点を空間経済学が自分でずらしているのがポイントです。
空間経済学は今、
「恋人ロボットは具体的な用途ではなく、ヒューマノイドの感性消費財としての側面を表す概念」
と定義し直しています。
つまり、?が「用途別に分けましょう」と言ったことに対して、「用途ではなく概念だから」という逃げ方をしている。
しかし、それなら最初の市場規模の話と噛み合わなくなります。
一番大きな矛盾
空間経済学の元々の主張は、
「ヒューマノイドへの需要と言ったら、それは、即、恋人ロボットへの需要」
でした。
ところが今は、
「恋人ロボットは具体的な用途ではない」
と言っている。
だったら、「恋人ロボット市場」として具体的な市場規模・販売台数を議論すること自体が難しくなるんですよね。
「感性消費財としての側面」という抽象概念なら、BMWの工場用ヒューマノイドにも家庭用ヒューマノイドにも、何らかの「側面」を想定することはできます。
でも、
「側面がある」=「その側面に対する需要がある」
ではありません。
まして、
「ヒューマノイド全体の需要」=「恋人ロボット需要」
にはなりません。
むしろ今回の発言で、
「恋人ロボット=具体的な用途ではない」
と明言したことで、市場規模を測る対象としての「恋人ロボット」が何なのか、さらに曖昧になっています。
そして「コンパニオンロボットの需要と訊けばいい」という部分も微妙です。
?が聞いているのはまさに、
「感性消費・コンパニオン用途として、実際にどの程度の市場があるのか」
ですよね。
だったら「恋人ロボット」を独自概念として使うなら、
①その概念に何を含めるのか
②ヒューマノイド需要の何%が該当するのか
③その数字を裏付ける根拠は何か
を示せばいいだけです。
「これは用途ではなく概念です」と言ってしまうと、逆に市場規模の議論から逃げているように見えてしまいます。
最初は、
「ヒューマノイドへの需要と言ったら、それは即、恋人ロボットへの需要」
と、かなり強く 「ヒューマノイド≒恋人ロボット」 と扱っていました。
ところが今回になると、
「恋人ロボットというのは、ヒューマノイドの感性消費財としての側面を表す概念で、具体的な用途ではない」
と言っています。
つまり、
① ヒューマノイドの需要=恋人ロボット需要
から、
② 恋人ロボット=ヒューマノイドが持つ「感性消費財としての側面」
へと、議論の土俵を変えています。
これは結構大きな違いです。
いろいろな「側面」があるからといって、
「自動車には趣味としての側面がある」=「自動車市場は趣味市場である」
とはなりませんよね。
ヒューマノイドも同じです。
「人間とコミュニケーションできる」「感情的なインタラクションが可能」という技術的機能があることと、
「その機能を求めて消費者が購入する」という需要は別です。