不思議な話｜掲示板スレッド

私は一気に生気を取り戻した声でドラウルに

「おい！人だ！人がいる！こっちだ！こっちだ！」

と、叫んだ。あそこまでは何とか壁伝いに行けるのではないか？しかもそこに人が立てるだけのスペースがある、その不確かでわずかな一縷の希望のみが、私よりガタイのでかい男の手を引いて、とんでもないカベをよじ登る力を与えたのだ。

途中経過、どうやって、どのくらいの時間でそこにたどり着いたのか、私は今も全く思い出せない。感覚で言うとワープでもしたかのように、その彼のいた場所に奇跡的に辿り着いた。が、居たはずの小太りメガネの彼はそこに居なかった。

少し高台になったその場所に辿り着いた私たちの目に、はっきりと、テントの灯りが見えた。

助かった・・・雨と交じって、何だか分からない涙がとめどなく流れた。口に入って確かに感じた塩味を私は今でも覚えている。

それにしても、あの小太りの男は誰だったのだろう？

テントにいたのは、その男では無く、やせた初老の男性だったのだ。彼曰く、ここまで来るような強者はなかなかいない、それどころか、今までもここで、自分以外の人間に会った事はないと。

考えれば考える程不思議な体験ではあるが、緑色のジャージ、メガネ、小太りの体型、網膜と脳裏に焼き付いたそのビジュアルが、幻や気のせいで無いという確信だけを私に残し、そんな若気の至りは、しばらくは笑い話兼、武勇伝として、ドラ ウルと私の酒席の鉄板ネタになった。

社会人になり、私は地元に落ち着き、ドラウルは彼の地元大阪に帰り、次第に疎遠になっていった。

ドラ ウルから久しぶりに連絡が入ったのは、お互い齢四十を超えた時だった。出張でこちらに来るから、久しぶりに飲まないか？という誘いを勿論快諾した。

あの筋骨隆々、顔も身体もアスリートで筋骨隆々だった彼を、時間がただの小太りオヤジに変えていた。

「おいおい、変身は良いが、随分不格好に変身したもんだな (笑)」

アスリートそのものだった、精悍だったドラ ウルのあまりの変貌ぶりに、ついつい毒舌が口を出た。

一瞬で時間のギャップを飛び越え、学生時代に戻り、そこから最終の新幹線まで、もちろん沢で死にかけた話も含め、子持ちになったお互いの事、残り時間ギリギリまで語り合った。

駅の新幹線ホームまで彼を見送りに行った。

彼は席に座りこちらに手を振った。どっしりと腰を席に落とし、ぐだーと背もたれに体を預けた彼は、余計に太って見えた。

「おいおい。トドじゃねぇか。」

という言葉を言いかけて飲み込んだ。ガラス越しで聞こえるわけもない。

彼は、デイバックからごそごそジャージを取り出し、着こんで、雑誌を手にメガネをかけた。

老眼鏡？おいおいまだそんな歳ではないだろうと思ったその瞬間、私の背中にゾワっと電流が走った。緑色のジャージを着て、メガネをかけたドラ ウルは、確かにあの沢で我々の命を救った、あの小太りの男なのだ！

私は、思わず別れを惜しむ恋人同士かの様に、興奮気味にガラスに顔をくっ付けた。

「おい、お前だったのか？お前なんだな！あの時俺たちを助けたのはお前なんだな？」

私の頭は混乱した。

ここに載ってる話ですね。

https://www.inter-edu.com/forum/read.php?1699,6255381,6753441#msg-6753441