日大の学部訪問で広がる将来の選択肢
駅弁大学を仕分けしよう!
壮大な税金のムダ使いである低偏差値駅弁大学が何故仕分けの対象にならないのか。
この少子化の時代に、各都道府県に1つ以上の国立大学を置いておく必要はもはやありません。その地域がどうしても必要だというなら、県立や市立にして存続させれば良いだけの話です。
高学力者の受け入れ先としての国立は、旧帝大、一橋、東工大、神戸大と医大だけで十分のはず。ただ、北海道や東北、九州地方に国立大が一つだけというのは可哀想なので、小樽商科、室蘭工業、帯広畜産、岩手大、新潟大、金沢大、広島大、徳島大、熊本大、琉球大ぐらいは残しておいても良いでしょう。あとは廃止、または公立化か民間に売却しべきだと思います。
実情を知らない方にいわれるまでもなく、地方を中心に国立大学の実質的統合は進んでいます。
弘前大や秋田大、岩手大などのサイトをお読みになれば30秒でわかる程度のことです。
「帝国大学」はかつて存在した制度ですので、旧帝の定義は明瞭です。
「駅弁大学」は大宅壮一あたりが言い出した蔑称ですので、適切な定義をしてからになさった方がよろしいでしょう。
「急行が止まって駅弁を売っている程度の街にはどこにでも大学がある」という趣旨ですよ。大昔(戦後すぐ)の話です。
新制大学に対する不信が根底にありますから逆に「国内の旧七帝大」「戦前からの医科大学」「商科大学」「旧制高校、とくにナンバースクール」「高等師範」を前身とするものは除外されます。
典型的な駅弁大学は旧師範学校を教育学部、農学校を農学部、旧専門学校を工学部とした岩手大学のような学校で、このパターンはほかにもあります。
千葉大は旧制医科大、信州大は旧制高校が母体の一つなので駅弁大学の定義からは外れるかと思います。
ご参考までに。
スレ主さんがそんなに地方国公立大学の仕分けを熱望する理由は
何なのでしょうか?
「壮大な税金のムダ使い」とは言ってますが、熱意の源が何なのか
伝わってきません。
人を動かすには、私利私欲は度外視して、自分にとって大きく不利益
なんだが、頑張ろうよ!という姿勢でないと誰もついて来ませんよ。
税金の使い道の話ですからね。
東京の私立大学に学生を集めたいがための発言なら、困ったもんです。
鉄緑、SEG、平岡に通う生徒なんですが、通っているから東大ボーダーなのではなくて、ボーダーでない生徒も通っていますよ。
例えば、筑駒や開成で通っているうち、上位の生徒は親に言われて通っているけれど、本当は必要ないと考えている生徒もいますので。
塾は同じ目的を持った生徒同士の交流の場ぐらいに考えて、行っていたりするのです。
ですから、スレ主さんのように単純な考え方をしない方がいいと思います。
そして、このぐらいのレベルにある生徒は地方にもいるので、地方公立からでも平気で東大上位に合格します。
逆に、地方のボーダー生は、鉄緑、SEG、平岡等がないために、東京のボーダー生の方が有利になりますね。
開成の合格者が多いのは、そうした理由があると思われます。
鉄緑などに通う本当のメリットは、医学部受験だと思います。
医学部は、理三に限らず募集人数が少ないため、単にできるだけではなくしっかりした対策がないと足元をすくわれる場合がありますので。
東大は天才が適度に勉強しても受かりますが、国立医は秀才が頑張って勉強をした方が受かりやすいですよ。
統廃合を進めるならば、
受験生の選抜方法と
野に埋もれた原石を如何に拾い上げられるかと言う
問題にも言及して欲しい所です。
抜本的な奨学金制度の構築が必要でしょうね。
日本は教育体系に手を加えなければ、
一流国にはもうなれませんよ。
スレ主様のスレ立てを興味を持って見ていましたが、
更なる一極集中を論じていらっしゃるようで、正直がっかりしました。
大学生になるまでに、疲弊してしまう子供達。
その疲弊した子供達に学問を授けようとする教授達。
改善の余地がありすぎでしょう。
私の親友ですが、地方の私立中高を卒業後、京大法学部現役合格です。
今、40前半で共通一次世代、丙午の2年後なので競争も半端では無かったと思います。
四国の田舎なので、当然大手の予備校はありません。
彼女も少し講習を受けた様ですが、「意味が私には無いんだよね」といってZ会の通信教育にかえました。
Z会模試で全国100以内でも両親は、地元の国立か高卒で料理学校行き見合い結婚しろと言っていました。
学校の先生や本人の意思で、説得し関西なら出してやると親に言われ京大でした。
就職も地元に戻るが条件でした。
女だから大学は不要って考え未だに田舎にはあります。(経済的理由もあります)
地元の国公立なら許可が出るケースも多いです。
女優の宮崎美子さんも然り。
駅弁大を無くせば、優秀でも都心の大学には通えない女性も増えます。
そういった事も考えて欲しいです。
>もし国立大学が、入学に際し所得制限を設けて、例えば年収500万以下しか入学を認めない等の措置を取っているのなら、 その理屈も成り立つかも知れません。
全く、人を馬鹿にした決め付けですね。東大に関しては、年収200万以下でも、通っている生徒は居る。
愚息は、塾無し、公立コースだけど、京大に通っている。東大を受験しなかったのは、勉強不足だったから。同じ学年でも賢い子は東大に通っているからね。公立のTOP層は、みんなこんな感じだよ。ちなみに、予備校は只だったが、効率が悪いので途中で止めた。優秀な生徒を広告塔に使っているに過ぎない。通うのは2番手グループの生徒だよ。
話を戻すと、駅弁大は必要です。誰でも、旧帝に入れる訳ではないからね。駅弁クラスなら、誰でも勉強したら入れると言っていいでしょう。つまり貧乏でも、勉強すれば誰でも入れる大学は必要です。
貧乏人は私学には行けません。まあ、早稲田の特待とか、よっぽど優秀なら、授業を払わなくていいからOKだけど。
>統廃合を進めるならば、
受験生の選抜方法と
野に埋もれた原石を如何に拾い上げられるかと言う
問題にも言及して欲しい所です。
東大受験と金の話に拘り過ぎました。
荒らし目的の挑発的な人たちも集まってきてしまったので、この辺で本題に戻します。
駅弁大統廃合後のプラン、特に選抜方法と地方受験生へのフォローについては重要な課題だと考えます。
選抜方法については、海外の一流大学で主流となっている、推薦やAOの枠を拡大するという手段もありますが、
選抜する側に優秀な学生を見分けるノウハウがないために、日本においては必ずしもうまくいっていない印象があります。
早くからAO入試を導入してきた慶應大学湘南藤澤キャンパスでは、選抜ノウハウの蓄積が進み、最近ではAO入学者はむしろ成績上位であることが多くなってきましたが、変化を極端に嫌う国立大学の講師連中に、同じことをやれと言っても無理でしょう。
従って、しばらくは現在と同様、学力重視型の選抜方法を取らざるを得ないと思います。
即効性のある改革案としては、東大や京大の入試を、地方でも受けられるようにすることが上げられます。
「金かけて、東京まで試験受けに行って、あげくに落ちたんじゃたまらない」と東大受験を回避したような学生でも、
地元で受けられるとなれば、「それじゃ一丁チャレンジしてみるか!」となるかも知れません。
地方旧帝は縄張りを荒らされるようで嫌がるでしょうが、受験生本位の考え方でいけば、この案に反対はできないはずです。






























