女子美の中高大連携授業
大学受験に失敗して良かった(^^)
という人がたまにいますが、どんな心理で言っているのでしょうか?
ずっと偏差値エリートで来て、失敗したことで鼻っ柱を折られて、真人間になることができて良かったという意味ですかね?
確かに失敗をしないと成長はないです。
よく、東大不合格者で翌年合格した人達が、この台詞をいいますよね。
>機械が見下されてるのは、航空との合併前は工学部の中では底辺学科だったという事実
>確かに航空と合併してなかったら、昔の通り偏差値は相当低いだろうけど、
>ただし、機械系に行ったら工学部の物質科学・建築・地球環境よりは遥かに将来の収入が低くなるのは覚悟しといたほうがいいよ。
このあたりがよくわからないです。
私自身失敗組です。
私の身内も失敗してます。
甘やかされた育ちなんでしょうね。
翌年も不合格なので大失敗です。
それで、スレタイのようなセリフを最近身内から聞きました。身内曰く、成功していたら、胡座をかいて学歴だけの人間になった。失敗したからこそ、努力し続ける事ができる。収入も成功組と同じくらいあるみたいな話でした。
自分に置き換えて考えると失敗して良かったなんて絶対に言えません。最終学歴は塗り替えられないです。
もしタイムマシンで18歳に戻れるなら、わざわざ失敗は選ばないです。
私の場合は、我が子達には失敗しないようと考え中受させてフォローし、本人達にとっては納得できる進学先になったので、私の失敗も意味があったと思い、コンプレックスはかなり軽減されました。けど、私の受験は失敗したままです。誰にも大学名なんて言いたくないです。
なので、次回スレタイのようなセリフを聞いたら、「じゃあ18歳に戻れるならわざわざ失敗する?私はしないわ〜」って言ってみます。
うーん、いつまでも大学受験に失敗して浪人したことを、勲章のように語る人とは、お友達になりたくないな・・・、と思います(いい歳して、それしか語れる人生経験ないんか?と、心の中で突っ込んでいます)。
ですが、我が子の場合、浪人には大きな意味があったと感じています。そのまま世間的には聞こえのよい抑えの私大に進んだら、この子は人生をなめて肝心なところで大失敗するだろうと、内心心配していました。浪人して、当初の第一志望にはわずかに届きませんでしたが、人が変わったように真剣に勉強し、次の年受かった大学に納得して進学しました。
頑張ないでゆるふわっと女子大生になっても人生楽しかったかもしれないのですが、その後の大学生活の取り組み方をみていると、我が子の場合は、一年のロスでお釣りがきた感じです。
ただし、浪人した子ども本人は、「あんな苦労は、しなくてすめばその方が良いんだから、しっかり勉強しなさい。高校時代にすればよい勉強を、わざわざあと一年かける必要はないんだからね」と、下の兄弟に説諭しておりますよ。




































