日大の学部訪問で広がる将来の選択肢
関西の中学の序列を教えて
関西の中学受験で入れる中高一貫校の序列を教えてください
■ 進学校の競争優位とは何か
― 共学化・コース制度・入試改革の先にあるもの ―
ここまで共学化、男女別の受験者動向、学校規模、コース制度、大学進学実績について考えてきました。
結局のところ、進学校の競争優位とは何なのでしょうか。
東大・京大・国公立医学部などの難関大学に「進学できそうな生徒」を、入学段階でどれだけ集められるか。少々身も蓋もない話ですが、これが進学実績を左右する大きな要因ではないかと思います。もちろん、入学後の6年間でどれだけ生徒を伸ばすかという教育力も重要です。しかし、もともと学力の高い生徒が集まる学校ほど、難関大学への合格実績を生み出しやすく、その実績が次の優秀な受験生を呼び込むという循環が生まれます。
灘・甲陽・東大寺・大阪星光、そして女子では神戸女学院あたりまでは、長年の伝統や校風、卒業生の実績によって、共学化や学力別コースの新設に大きく依存せずとも、一定の学力層を集められる学校なのでしょう。一方、洛南・西大和は女子の高学力層を取り込み、清風南海や四天王寺はコース制度を設け、高槻は共学化しながら単一集団型の教育を維持しています。いずれも、それぞれの方法で生徒を集め、育てる仕組みを構築してきたと見ることができます。
そして、伝統校である洛星も変化を始めています。近年、募集定員を縮小し、2027年度からは従来の前期・後期入試を改め、初日と2日目にA・B日程を設ける方式に変更します。これは、長年の伝統だけではなく、受験生の併願行動や競争環境の変化に対応しようとする動きとも考えられます。
ただし、難関大学に進学する生徒を多く集めることと、入学した生徒一人ひとりを大きく成長させることは、必ずしも同じではありません。学校の進学実績は、その学校の教育力だけでなく、入学してくる生徒の学力によっても左右されます。共学化も、コース制度も、入試日程の変更も、その両方に関わる学校経営上の選択なのでしょう。
そう考えると、進学校の序列とは、単純な大学合格者数の順位ではなく、優秀な生徒を引きつけ続ける力が長年にわたって積み重なった結果なのかもしれません。
やはり伝統的な学校の志願者数減少はその魅力が落ちてきているということの表れにもなりますね。
正直、甲陽は倍率が低くても今後も安泰だと思う。優秀な生徒を確保できるでしょう。
問題は神女。女子の選択肢が増えていく中であえて神女にこだわる人は減っている。
実績非公開なので学校に焦りはないし、今後どうなるか。
学校 東大 京大 卒数 合格率
灘 95 47 224 63.4%
東大寺 17 76 202 46.0%
甲陽 33 54 200 43.5%
洛星 7 58 210 31.0%
西大和 75 31 360 29.4%
星光 12 43 194 28.4%
北野 8 88 350 27.4%
堀川 4 53 240 23.8%
洛南 18 68 413 20.8%
神大附 4 19 113 20.4%
西京 1 44 262 17.2%
神女 4以下 18以下 133 16.5%以下
天王寺 4 53 354 16.1%
高槻 8 29 245 15.1%
清風南 6 36 282 14.9%
白陵 11 16 190 14.2%
六甲 6 15 165 12.7%
>やはり伝統的な学校の志願者数減少はその魅力が落ちてきているということの表れにもなりますね。
学校の志願者数減少に歯止めが利かないのは新興進学校。
新興進学校の入試戦略を導入する名門校が現れました。新興進学校を併願しなくてもよいのです。
スパルタカリキュラムで無理矢理やってくれる魅力が落ちてきているということになります。
学校 東大 京大 卒数 合格率
洛南女 20.8%前後かそれ以上
西大和女 16 05 105 20.0%
神女 4以下 18以下 133 16.5%以下
神戸海星 00 04 116 3.4%
四天王寺 02 13 472 3.2%
帝塚山女 00 04 200 2.0%
**女子の進学実績を変えたのは何か ― 洛南・西大和の台頭を考える①**
先に、洛南・西大和の共学化と、関西の女子の難関大学進学について考察しました。
ここで一つ、考えてみたいことがあります。洛南や西大和が女子を受け入れたことで、関西の優秀な女子が増えたのでしょうか。それとも、もともと関西には高い学力を持つ女子が相当数存在しており、その受け皿が増えたことで、進学先の分布が変わったのでしょうか。
私は、後者の影響もかなり大きかったのではないかと考えています。
洛南が中学で女子の受け入れを始めたのは2006年、西大和は2014年です。それまで女子が選べなかった学校が、新たな進学先となりました。つまり、進学校の序列の変化は、必ずしも学校の教育力の変化だけで生じたわけではない。
**優秀な生徒がどの学校を選べるようになったか。**
その変化自体が、学校間の競争構造を大きく変えた可能性があります。では、なぜその時期に、女子の進学需要が変化していったのでしょうか。






























