アートの才能を伸ばす女子教育
阪神間の公立トップ校はどこか
尼崎、伊丹、川西、宝塚などの地域で今後よくなる公立高校はどこでしょうか。この地域は長期間にわたり小学区・総合選抜制(総選)が実施され、公立の進学校が不在という状態が続きました。今となっては、神戸市内では神戸高校などの名門高校が温存されたのに、なぜこの地域だけが、いつまでも総選が維持されたのか不思議です。ともあれ、ようやく総選が廃止されたので、今後は、進学実績で学校間格差がついてくることになります。できるだけ今後よくなりそうな学校に進学したいのが人情でしょうが、学区が引き続きコマ切れの状隊で、しかもその中に飛びぬけた学校がありませんので、その選択はむつかしいところではないでしょうか。
この地域では、戦後多数の公立高校が設立されましたが、その中で唯一の伝統校といえるのが、県立伊丹高校です。この学校は明治35年、当時阪神間で唯一の県立中学として設立されました。もちろん灘や甲陽などの私立の学校が設立される以前のことであり、この学校設立当時は、阪神間には、この学校以外に中学校以上の学校は存在しなかったことになります。ただし、当時から田舎の学校という位置付けにあったようで、今日でも、総選が長く続いたせいもありますが、宝塚北、川西緑台といった最近になって設立された学校の後塵を拝しているように見受けられます。
しかしあらためてこの学校の100年誌を見ると、かなり立派な学校であることに気づかされます。敷地は広く、校門から校舎に至るプロムナードは、どこの学校にも負けないくらい格調が高いものといっていいでしょう。地域への貢献という意味でも、歴代の伊丹、川西市長を多く輩出しています。学校の隣が自衛隊の総監部ですが、この学校が昔軍事教練にとても熱心だったということと、何か関係があるのでしょうか。今までなかなか脚光を浴びることのなかった学校ですが、今少し注目されてもいいように思います。
阪神間の高校の序列や歴史は、地元の受験事情とも深く結びついていて気になりますよね。
ここでいう「阪神間」と「公立トップ校」
一般に阪神間では、兵庫県側を想定すると
神戸高校・長田高校・兵庫高校あたりが「県内トップクラスの公立進学校」として扱われます。
大手進学塾の案内でも「兵庫県下公立トップ校」として神戸・長田・兵庫・御影文理探究科などが並べられています。(kaishinkan.net)
大阪側まで含めると、北野など大阪のトップ校との比較の中で「阪神間のトップ公立高校の長田高校」という表現も見られます。(tokushinkobetsu.com)
以下では、阪神間と結びつきが強い兵庫県側の公立トップ校の歴史をざっくり整理します。
1950年代、「15の春を泣かせない」とのスローガンの下、高校全入運動が全国的に高まった。その目標はほぼ達成され、現在では多くの中学生が高等学校等の後期中等教育を実施する学校や、高等専門学校を目指している。中学浪人は稀で学力的にかなり不十分である生徒であっても、学力偏差値が下位の高校(いわゆる教育困難校)や定時制高校、通信制高校などへは入学が可能である(通信制高校は一般に全入)。したがって、浪人するという通念は、基本的にはない。これらの学校が低学力の生徒の実質的な受け皿として機能しているといえる。
進学率や制服、カリキュラムなどによって志願者数が変わる。定時制高校、専修学校高等課程(高等専修学校)などは応募人数が少ない傾向がある。
しかし、これらの「受け皿」校では入学後の学習意欲に欠ける生徒が多いため、入学後短期間で高校を中退する者も多い[要出典]。そのため、最近の高校入試では定員未満でも「足切り」して不合格にするケースが目立っている。






























