入学後の不安が安心へ明誠の宿泊研修
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公立高校の最低迷期、1900年代を語る
【5601828】
超伝統公立校、日比谷高校の東京大学合格者数
1990年 8人
1991年 7人
1992年 8人
1993年 1人 ←まさにこの人のおかげで日比谷の連続性が守られた
1994年 7人
1995年 4人
1996年 3人
1997年 6人
1998年 2人
1999年 2人
72群と32群、国高&立川と西は、偏差値の高さと自由な点は似ているが、校風はかなり異なる。
多摩地区は田舎で土地柄が良くなく、高級住宅地で教育熱心な第3学区との差が校風の違いの原因だろう。
第5学区の上野は、学校群前は東大合格者も多くて自由な校風であったが、23区の学区トップの都立高の中では最下位で、学校群が導入されると、たちまちレベル低下した。
かつての学区トップの都立高の中で、唯一進学指導重点校または中高一貫校になっていない。
この凋落は、下町の土地柄で自由な校風を取り入れたことが原因だろう。
代わりに、やや近い所に有る開成が大躍進してしまった。
自由な校風は第3学区の様な所だけですべきで、多摩地区や下町ではやるべきではなかった。






























