在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
一橋大学法学部vs京都大学法学部
この2つどっちが上でしょうか。
今年の駿台偏差値では、一橋法=京都法=65となっており、学力は均衡しているようです。
果たしてどちらが上でしょうか?
ライバル対決です。日本で2番目の法学部はどっちだ?
高校生1学年の人口比で、首都圏:近畿東海:その他が3:3:4、
国公立大進学者数で、首都圏:近畿東海:その他が1:3:4、(2023年度分より)
首都圏の国公立大学には地方からの入学者が4割程度、首都圏の高校生受験生の相当数は共通テストも国公立大2次試験も忌避=自宅から通学可能な私大の選択肢が豊富
勉強をせずに私大なら入れる蜜月状況下で共通テスト利用の採用が広まらなかった説明が付きます
>勉強をせずに私大なら入れる蜜月状況下で共通テスト利用の採用が広まらなかった説明が付きます
今後、文系職のAI代替率がさらに上昇し、それに伴うリストラを円滑に進めるためにも、文科省も数学的素養のない学生を積極的に救済する必要性を感じていないのかもしれませんね。
共通テストの難易度が上がっている現状からも、そのような意図がうかがえます。
つまり、「ついてこられる人材しか必要ない」という考え方が前提にあるのでしょう。
これからの社会では、中間層が徐々に縮小し、ごく一部のトップ層と、それ以外の下層に二極化していくことが確実視されています。
その一方で、私文専願コースを設置する高校のカリキュラムなどの現状を踏まえると、私立大学において理数系科目を必須とする共通テスト利用入試の拡大を、文部科学省も特に期待していないのではないでしょう。
共通テストに変わってから短期間で、科目や傾向がコロコロ変わりすぎのように思える。
大人が「こういう力を測りたい」という思いが前面に出過ぎていて、受験生側の心理負担が疎かになっていないか?この過渡期の受験生が実験台のようになっていないか?
あくまで共通テストは、「基礎学力を測るテスト」という位置付けで、そこに応用力とかを盛り込みすぎず、出題傾向を安定させた方が良いのではないか。
共通テストは、本来「一次試験」のはずです。少なくとも、それ以前の共通一次試験やセンター試験はそういった試験でした。「知識・技能」と「思考・表現・判断力」という2観点を見るならば、一次試験で基礎的な「知識・技能」を、二次試験で「思考・表現・判断力」を見るべきです。詰め込み一辺倒の大学入試からの脱却というかけ声の下、思考力一辺倒に舵を切りすぎています。知識も大事です。受験生に無理をさせすぎていますし、共通テストの本来のあり方から外れています。
>大人が「こういう力を測りたい」という思いが前面に出過ぎていて、受験生側の心理負担が疎かになっていないか?
今の日本は、そんな生易しいことを言っていられる状況ではないほど、国力が低下しているという危機感を持つべきですね。
日本の子供たちは恵まれた環境に育っているため、ハングリー精神を失っているように感じます。たとえば、東大に留学している中国人学生と比べても、日本の子供たちはその心持ちが大きく異なります。
イーロン・マスクが成功を収めた背景には、壮絶ないじめを乗り越えた経験があるとされていますが、それに対し、日本では一人っ子が大切に育てられ、平和ボケしている状況が少なくありません。
こうした現状を直視し、危機感を持ち根性と逞しさを備えた子供がAI時代に勝ち残っていく人材なのでしょう。
>共通テストの難易度が上がっている現状からも、そのような意図がうかがえます。
>つまり、「ついてこられる人材しか必要ない」という考え方が前提にあるのでしょう。
文科省かは兎も角、共通テストを指標にして欲しい意図はあり、それを受け止めて向上心のある人材のセレクトとして機能させていれば済むと
機会の平等としては共通テストを受けるなり国公立大受験は可能な状態、結果の平等は不公正なので試験のチャンスは首都圏へも地方へも皆に用意されている 国公立大も序列はありますが共通テストでの完成度への微妙な差レベルかもしれませんね
子どもは9割得点の科目と6割台の科目とがあったので科目数が多いのはメリットで、各々の選択肢として共通テストは機能していると思います




































