女子美の中高大連携授業
東大VS早慶
入口は大差で東大が上だけれど、出口で逆転?
高学歴で学生時代も勉強をがんばったというのは、専門性や高度な知識を必要としている会社には有効だけど、それを期待していない会社はどうでもいいかな。理系なら院卒じゃないと専門性があるとも思ってもらえないし。学部卒ならその分野でトップクラスの大学を出ているくらいでないと難しい。
サークル頑張りましたってのはあまり意味がないですね。サークル活動は多くの学生がアピールしてくるので。また、学生時代に他にやることなかったのかと受け取られます。でも営業職とかなら有効かもですね。
大学の名前にこだわる人って最初から何事も色眼鏡で見ているのではないでしょうか。素直な気持でその人物に接して付き合いを始める。そして親交を深めていく。人生そうした対応が出来るようにしていきたい。本物は誰か。外面だけでない真の友人を見つけることも生きる喜びかもしれない。
難関国立受験者はほとんど早慶を併願してるから、当日の受験の結果如何でどこへ行くかが決まる。
中に入ると希望して入って大学で好きなことを学び、さらに視野を広げて将来の職業に結び付けることの出来る人もいる一方、自分の希望しない学部学科に結果として入ってしまい、やる気を失って学校に行かなくなってしまう人もいる。
大学は入ることももちろん大変だが、入ってから自分の将来の職業と如何に結び付けるのかが難しい。
やはり大学っていうのは学生の学力も似通っているからか比較的価値観が似ている。
自分が出た大学は何十人も東大合格者を出すような私立中高一貫校出身者はいなかったけど、公立のトップ校か2番手校、私立なら東大京大はそこまで多くないっていうくらいのレベルで部活もそこそこやってました、みたいなタイプが多かった。
卒業しても小中高時代の友達は数人しか付き合いがない一方、大学時代の友達や部活の仲間は結婚式に呼び合ったり年賀状を交換して長く付き合いが続くのはやはり価値観が似ているからっていうことなんだろうと思う。
大学生の時はこういうことは時々あった。○○大学○年生と自己紹介するし、似たような高校、塾、予備校から集まってきた人は確かに多いから。社会人になってからはあまりないが、××社の××さん、同じ大学の野球部出身だから、話振ったら盛り上がると上司に言われたことがある。実際そうしたら、その場にいた人全員が同じ大学だった。似たような大学から、似たような会社に行くわけだ。同じ属性の集まりにいると、盛り上がるし、楽なんだけど、視野を広げるために意識的に新しい集まりにも行くようにしている。
「出身大学」よりも、その人が住む世界が閉鎖空間かどうかが問題だろう。
かつての裁判所は、東大卒者が圧倒的に多く(それに、若干の京大卒者などがいた)、特有の閉鎖社会を形成していた。法科大学院設置後は、東大以外の多様な大学出身者が裁判官になっているが、裁判所が特有の閉鎖社会であることに変わりはない。多様な大学出身者が裁判官になっても、裁判所の閉鎖性に染まれば、閉鎖性が維持される。
この点は、大企業や役所も同じであり、一流大卒者が要職を占めるので、多様性が希薄だ。フジテレビなども、出身大学の違いに関係なく、同質的な者が皆、「空気を読む」ので、異論が出にくい。




































