女子美の中高大連携授業
東京一工>早慶上位学部>その他国立は関東独特の価値観か?
エデュによく登場する価値観であります。
しかし私立の早慶が大半の国立より上という価値観は首都圏以外では、
ちょっと通用しないような感じ(違和感)がします。
単に地理的なところからの価値観なんでしょうか?
また中にはマーチ>地方国立。というとんでもない事を言い出す方も見受けられます。
如何なものでしょうか?
あ、サヨくん、失礼。
宛名はその上のヤツ w
>これを限界効用逓減の法則というw
そうそう。
具体的には、効用曲線の微分、傾きが逓減することを言う。
上に凸性とも言うね。
その結果、2財間の無差別曲線が導かれる。
つづく
幼い頃から勉強の出来る子は地元のトップ公立校から地元国立大学に進むことが最も優秀で、その中で更に一握りのエリートが東大や京大を目指すという価値観の中で育ち、祖父母や親、学校の先生や周囲の友達からもその価値観に一切の疑いもなかった。私立大学など落ちこぼれが行くところだった。
ただ大人になり、地元以外の社会全般、全国に目を向けると、東京にはあらゆる実績・評価で地元国立大学を遥かに凌ぐ早慶を始めとする私立大学が数々存在することを知り、最も優秀なものが進むと信じて止まなかった地元国立大学が駅弁大学などと見下されていた。
さらに少子化という時代の流れも相まり、国からは地域貢献型大学などというレッテルも張られてしまった。これまで孤高の存在だった地元国立大学が、競争にさらされ淘汰される可能性もある情報に触れた。
そこでようやく自分が井の中の蛙だったことを知る。しかしそれを認めたくない。プライドもある。地元限定と分かっても自分の中での「国立大学>私立大学」という不等式を壊したくない。そしてインターネット掲示板という世界で全国津々浦々に同じような思いの者が多いことを知る。
これがここで端から見ると狂信的に見える人が「国立>私立」を異様に叫ぶことに至る基本的な構図かな。ただ、個別具体大学名で勝負すると具体的に比較論破されてしまうことを分かっているので、早慶を「私立」、地元国立を「国立」とあえて対象領域を広範化することによって具体比較を避け、精神的な優越感を保とうとしている。
ただね、1つ解せないのが、その人達に知性と教養、優秀さを微塵も感じないこと。論理性も思考力もない。
地方国立の名を借りた単なるアンチ早慶の学歴コンプレックスと見ることもできるが、本当に地方国立関係者ならば、地方は相当な井の中の蛙、文科省がメスを入れたくなるのも必然と頷ける。
二人羽織⇒三人羽織
練習は十分だから目に飯を食わすこともないか ww
拙い芸だが只だから我慢するか www
それにしても哀れだね。だからなんちゃって国立なのかな?笑
それにしてもよく釣れる。完全に入れ喰いだな www




































