女子美の中高大連携授業
旧帝vs早慶 理系
東大、京都大以外の旧帝と早慶理系だったら将来研究職希望どちらでしょうか?
>「未科学、非科学(立証されていない)」という分けないととならないものを混在させているから、結局想像になってしまっているのですよね。
これは面白い考え方ですねえ。
成功例だけが科学じゃないのですね。失敗例も科学なのですね。あとに続く者は失敗例から学べますし、アインシュタインのEPRパラドックスなどは、論証に失敗しても、その失敗の経過が量子力学の進歩につながっていっています。
STAPの名前をわざわざ付ける研究者はいないでしょう。
悪い意味で世界にも知られることになりましたから。
研究者の中では不正事件として記憶されており、同類の事件が起きないように、研究機関や大学は規定や体制を改正したり、事件を研究倫理教育の教材に使ったりして不正対策を強化しています。
例えば何年か前に、事件がハーバードで教員向け講座の教材になっているとつぶやいているハーバード内部の人がいました。
また、「刺激で多能性が惹起される細胞」というのは概念が広過ぎて、言葉の意味だけでとらえるなら過去の研究も当てはまってしまうと思います。そうなれば、小保方さんの発想が最初とは言えなくなるでしょう。
>成功例だけが科学じゃないのですね。失敗例も科学なのですね。
成功例も失敗例も、科学的方法で真正なデータを得るという基本は変わりません。
その基本があってこそ、失敗の原因を科学的に分析して調整していけるのです。
「科学的方法での実験の成功例、失敗例」は科学ですが、「実験データの捏造改ざん」は架空であり非科学です。
仮説を実証できれば科学的事実になりますが、仮説のままなら真偽は分からず未科学です。
ねこさんは、小保方さんの不正をただの失敗だと思い込んでいるから科学の基本や事実からずれた発言になるのでは。
彼女は実験はしないで、あるいは実験とは違う数値でパソコン上の操作で架空データを作っていたことがわかっています。実験して失敗したのではなくて、最初から科学的方法ではなく実験の真正性を反映していなかったのです。
>不服申し立ては彼女の方が見送ったのではないのですか?
1回目の調査では、不服申し立てしましたが調査委員会から却下されました。
2回目の調査では、不服申し立てしませんでした。
1回目の不服申し立ての内容
①小保方さん側・電気泳動の2つの画像の合成は見栄えをよくするためで故意にしたものではない(見栄えよく加工したことを認めている)。
→却下の理由・、操作や変更で真正でないものに加工したら改ざん(小保方さんはパソコン上で画像の一方を縮小して合成しているため、実験で得られたデータではなくなっている)
②小保方さん側・テラトーマ画像の流用は画像の取り違えであり差し替え画像を提出済み
→却下の理由・元は博論の画像であるが、それとは全く条件が違う実験で得られた画像としてSTAP論文に掲載された。博論画像には文字が入っていたが、それが書き換えられてSTAP論文に使われている(意図的な加工が疑われる)。
差し替え画像が提出されたが、実験ノートの記載が乏しく該当の実験の真正画像だと特定できなかったため認められなかった(この差し替え画像は、2014年2月に新たに撮り直し調査委員会に提出したとの彼女の説明だったが、後に2012年の特許申請書類の画像と酷似していることがわかった。つまり新たに撮り直したのではなく、これも過去の画像を流用していた疑いがある)。
なるほど、よくわかりました。
調査委員会の却下の手順というのがよくわかりませんが、これは、弁護士立ち会いのもと、専門家である研究者が事実関係を客観的に検証した結果を、最終的に法律家が法的観点から法的に判断して決着したと理解しました。
二回目は見送られましたが、これは例のあの、誰がES細胞を混入したかという場外乱闘に発展した件を含むものだと理解しました。
これだって、不正の認定の違法性をめぐる乱闘だから、私の仮説の守備範囲内と判断しました。
そう考えれば、私の裏取引の仮説も相変わらず生きています。場外乱闘に持ち込まれて、理研の組織としてのイメージが傷つくのを怖れて、裏取引を持ちかけた、ということです。
不正の認定は基本的に法的な決着であり、科学の世界の出来事ではありません。
笹井さんが、不正の認定よりも再現実験の結果を気にしていたのは理解できます。
科学者の観点からは不正の認定などは茶番劇に思えたのでしょう。
結局、小保方を含む、だれも再現性を証明できなかった。
やはり、このことは致命的だと思います。
再現実験に関しては、もしかしたら、過去にも一度も成功していなくて、成功すれば初めてということだったかもしれませんが、ここで成功する可能性もあった。検証実験が終わったあとだって、以前として、いつか成功する可能性はある。
小保方はその可能性に賭けて、「STAP細胞はあります」と言ったのだと思います。
私の推論は、99%の虚偽と1%の真実という命題から導きだされています。そして、この命題を関連の事象に演繹し、論理的な全体像を組み立てるという手法によって仮説が立てられています。1%が0.1%になったとしても命題に大きな変化はありません。100%でなければ、世界観は変わらないからです。
この命題を否定しない限り、私の仮説は突き崩せません。
私の仮説おける1%の真実とは「STAP細胞はあります」 というシンデレラのガラスの靴です。
もちろん、法的決着は論外です。
>私の仮説おける1%の真実とは「STAP細胞はあります」 というシンデレラのガラスの靴です。
小保方氏が「STAP細胞はあります」と言うのも、誰かが「不老不死の薬は存在する」と言うのも、根拠がないという点で信憑性は同じです。真実性はゼロです。
>誰かが「不老不死の薬は存在する」と言うのも、根拠がないという点で信憑性は同じです。
不老不死の薬の存在を信じて、真剣に研究している科学者だっているかもしれませんよ。
いや、いてほしいです。
彼にとって、不老不死の薬は、pour soiとしての実存在なのです。
だから、彼は当然のこととして「不老不死の薬はあります」と言うでしょう。それが科学者というものです。
また、猫じゃらしに応じてしまった。笑い




































