女子美の中高大連携授業
早稲田政経、数学必須へ。
受験生は激減するかもしれないが、私大トップの矜持を感じる。これで初めて難関国立と肩を並べるかもしれない。
私大文系専願に数学必須はキツイ。
ますます、難関国立落ちの受け皿になるのを危惧するが、英断。
私立文系専願が回避するから、倍率かなり下がるが、全く狙い目にはならない。
私大の中では孤高の存在になりそう。
慶應どうする?
共通テストは高校で履修した教科の基礎力ではあるけど、それは大学で教育を受けるのに必要な素養とはイコールではないと思います。
個人的には理系における古文・漢文は教養の域を出ず、理系専門課程での土台には成りえないと思う。
また受験生の多くは入学後1〜2年も経過したら専攻と関係ない受験科目の内容なんて忘れてしまう。
入学試験を高校で履修した基礎力の到達度みたいな部分を重要視するのなら、たとえば社会科においては世界史と日本史の双方は不可欠になると思う。
結局のところ共通テストは単なる選抜の一手段になっているにすぎない。別に共通テストの選抜方式を全面否定するわけではないけど唯一の大学入試の選抜方式ではない。
現在の共通テスト+二次試験の組み合わせは一つの制度としてあっていいと思うが、その入試制度では測りきれない突出した能力があるのなら高い教育機関であればあれほど受け入れるべきだと思う。すべてがゼネラリストである必要はない。
>現在の共通テスト+二次試験の組み合わせは一つの制度としてあっていいと思うが、その入試制度では測りきれない突出した能力があるのなら高い教育機関であればあれほど受け入れるべきだと思う。すべてがゼネラリストである必要はない。
確かに、東大はゼネラリスト向きの大学ですね。
一方で、共通テストの利用が限定的な東工大がスペシャリスト向きの大学と言えるでしょう。
ある意味、そこで棲み分けが出来ているような気がします。
いい悪いは別として。
個人的には、東大は一般入試の定員を半分ぐらいにして、残り半分はAOでもよいと思いますが(と東大に行っていた子供も主張していました)。
そのぐらいの比率のAOにするなら、その中の一部には完全な一芸入試のような選抜方法があってもよいとは思います。共通テストを必須にするのも善し悪しです。
どんな選抜方法にしたとしても、大学の進級・卒業がアメリカ並みにハードルが高ければ、それによって卒業にフィルターがかあるので、問題ないと思いますよ。
AOで一切の学力テストを受けないで東大に入った学生でも、大学の講義で十分な成績を獲得できればそれでいいのですから。
一方、現状の一般入試のような学力試験のみで入った学生も、1/10ぐらいは進学できないぐらいの厳しさが必要でしょう。
そして、留年即退学の措置を取るとか。
入学主義から卒業主義への転換が必要だと思います。
> 個人的には理系における古文・漢文は教養の域を出ず、理系専門課程での土台には成りえないと思う。また受験生の多くは入学後1〜2年も経過したら専攻と関係ない受験科目の内容なんて忘れてしまう。
勘違いしているようだけど、大学は単に専門領域を学ぶだけの学校じゃないよ。高校までに学んだことを基礎にして更に高度な教養を身に付け、その上に専門領域を学ぶんだよ。専門領域だけ勉強するんじゃ専門学校とかわらないじゃん。昔は中等教育卒業後、教養部や旧制高校で高度な教養を身に付けていたし。だから理系でも中等教育の範囲ぐらいは一通り学んでおく必要はあるんじゃないの。
ちょっと古い文献は古文のような文体で書いてあるし、ちょっと古い法律は漢文のような文体で書かれていますから、いざという時のため、理系でも古文漢文の素養があった方が良いのでは。
ずっと作業マンで過ごすなら必要ないかもしれませんが…。
> 一方で、共通テストの利用が限定的な東工大がスペシャリスト向きの大学と言えるでしょう。
東工大はいまでこそ共通テストは足切りにしか使わなくなったけど、昔はセンター試験の国英社(英語は50点換算)だけ採用していたんだよ(数学理科は皆満点近く差がつかないから)。それに池上彰まで招聘して人文社会系を充実させている。だから東工大はスペシャリスト向きなんかじゃぜんぜんなくて、MITのような理系のリーダーを養成する学校だよ。
その教養領域は高等学校で担保すべきことだと思う。
あなたは今の共通テストの科目数では大学入試としては足りないということですね。
また他国の入試制度では大学で満足できる勉強はできないということですね。
大学入試の位置づけの考え方がまるで違うことはわかりました。




































