在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
中学受験は過熱しているのに浪人してまで東京早慶一工に絶対にいきたいわけじゃないの?
首都圏では中学受験者数が増加してます。近畿2府4県でも5年連続増加。
毎年のように、どこの高校または中高一貫校から東大などへの合格者数で議論も過熱。偏差値も上下。
週刊誌も毎週特集を組んでいます。
一方どの高偏差値大学も現役進学者の割合が増加。
小さいうちからの受験戦争が過熱しているのに、第一希望の大学に合格できなくても浪人しない風潮。
このギャップは何でしょうか?
首都圏のcommon senseは、君には理解しがたいらしい。
「たしかに一般入試は公平性の点で優れている。その意味で、私も野放図なAO入試の拡大には反対だ。経済力格差の不当性が払しょくできないからである。だが私学において、さまざまな入試制度を採用すること自体に異議はない。それによる多元的な属性こそが、私学の生命線だと思われるからである。だからこそ、首都圏有名私学はこぞって、地方受験生の獲得に知恵を絞るのである(たとえば特別な奨学制度を設けて)。もっとも、形式的な人的属性のカタログを並べるだけであってはなるまい。その狙いは、キャンパスにおける様々な考え方の共存にあるのだから。金太郎あめの如く、単一なタイプの学生ばかりである必要はない。/それが、もっとも顕著なのが私学文系の学生たちだ。老若男女、国籍や民族を問わず、あらゆる属性を有する。また、そうした文系学生の存在(とくに、文学や歴史、哲学)こそが、日本資本主義の再生に必須なものだと思われる。とりわけ、この国の企業に決定的に乏しいコンプライアンスにおいてである。すなわち、欺瞞的な「経営家族(一家)」的価値観ゆえに営利一辺倒に暴走しやすい日本の企業風土への歯止めが期待できる。彼らの有する異質な価値観に、実質的な内部統制の役割が期待できる。このことは、かのモンテキューが『法の精神』で、あえて非効率な「三権分立」の考え方を唱えたことにも通じる。「働きバチ」ばかりである必要はない」(以上、転載)
お答えしたが、私は以前からAO入試に潜む不当な差別的格差を問題視してきた。したがって、その他の推薦入試=不当だとは認識していない(実際に早稲田には9から10の入試形態がある)。なぜなら、彼らは私学にとって最も望ましい第一志望者らだからだ。だからこそ、一定の基準を前提に、広く門戸を開放しているのである。その意味ではむしろ、「仮面浪人」をうそぶく出来の悪い東大生モドキこそ、ご遠慮願いたいと考える。そんな未練たらたらの男に両者が愛想尽きるのは恋愛と同じ。どちらかはっきりとせねばならないと考える。少なくとも、早稲田には向いていない諸氏である。その分だけ、熱望者を迎え入れたい。そうした彼等の方がむしろ、その後の4年間で大きな成長を期待できるのではあるまいか。
私文なら早慶でも公立高校で3年から頑張っても間に合いますよね。
うちの子は東京一工を目指していて、現役では早慶にも落ちたので浪人しました。
浪人が決まり思わず涙を流していた時に、私文専願で早慶合格の子がそれを見ていて、すごい頑張って勉強していたのに可哀想だと思ってくれたらしいのですが、その母親がそのことを私に伝えてきました。
これってどう思います?
早慶合格した子の親が早慶も落ちた親に、ざわざわ泣いていたことを伝える心理ってどのようなものでしょうか?
それを聞いて、母親がどう思うか考えないのでしょうか?
頑張って一年勉強して第一志望の国立大学に受かり、早慶にも受かったから良かったけど、なんだか今もそのことを思いだすといい気持ちがしません。
>浪人が決まり思わず涙を流していた時に、私文専願で早慶合格の子がそれを見ていて、すごい頑張って勉強していたのに可哀想だと思ってくれたらしいのですが、その母親がそのことを私に伝えてきました。
これってどう思います?
その子やママのキャラ次第ですが嫌味な人たちでなければ多少は無神経と思うかもしれないですが後まで尾を引くことはないです。付き合いのある人なら気にかけてくれてありがとうかな。
早慶の推薦と一般では難易度は天と地の差ですので推薦で合格した子は作戦勝ちです。己の能力の限界を知り推薦合格を勝ち取った子には素直に賛辞を送りたいです。




































