在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
東大?早慶?高学歴なんて関係なくなる?「地頭格差」時代に必要な能力は? 一般入試よりAO推薦合格者?
GAFAが求めている人材は、日本の大企業とはまったく違う。高卒でも「生まれながら」としか言いようがないほど、圧倒的な才能を持った人間を求めているそうだ。
いままでの日本企業では、解答が分かっている問題をいかに効率よく解決するかということが重要だった。
これからの世界は、何が起こるかまったく分からない時代。解答がある問題を早く解く能力よりも、課題を設定する能力、そしてその課題を解決する仮説を設定する能力がIT企業だけではなく、全産業的に求められると。
GAFAでも、日本で言えば東大、早慶クラスの高学歴社員はもちろんいる。だが、彼らはたまたま入ったのが難関大学というだけで、そのための受験勉強などしていない。
あらかじめ答えが決まっている問いなど、彼らにとっては本当の問いですらない。
・問題そのものを考える
・定義が不明確な問題を解く
・指標そのものを考える
・少ない情報から物事を創造する
・抽象的な課題を扱う
・ルールを作り直す
プロトタイプを早く作り、何度も失敗を繰り返しながら創造していく。この試行錯誤型の働き方がこれからの時代は重要になってきてる。
アマゾンでは「地頭力」とは「初めての業務でも自分なりの仮説を立てて実行できる柔軟性、次に色々な分野の人を巻き込むコミュニケーション能力。リーダーシップ」の3つの能力のこととしている。
これから世界で活躍するために必要な能力とは何だと思いますか?
なんか一般入試よりもAO推薦入試で問われている能力のほうが重要じゃないかと思ってきました。
センターから共通テストになっても、本来掲げた問題は何も解決していない
記述式なんて初めから出来るわけがなかった
本当に記述が必要であったり、思考力を試す問題が必要ならば、それは各大学の試験で行えばいい
そうなると共通テストの意味がなくなるから、廃止でも構わない
競争力のない大学には厳しいことになるが、統廃合は必要だと思うので、その方が良いな
AO入試で問われるべき能力も、本来ならば五教科の知識の下地があってこそだと思います。30年くらい前は「一芸入試」といって一段下に見られていました。
ディベートだって下地というか素養の無い同士でやればただの思い付きの鍔迫り合いですし、アクティブラーニングも教師がいい加減だったり生徒もろくに知識もないまま行えば何の深みも成果ももたらしません。
地味な学習をおろそかにしてはいけないと思います。
センター試験とか共通試験とか出来て、国公立の序列があまりにも明確になり過ぎました。
下位駅弁は東大クラスと比べると子供でも入れるようなレベルです。
だから駅弁目指して大金かけて中学受験する者はおりません。
公立路線で間に合います。
コロナ禍のなかで、AOや推薦入試の学生と一般入試の学生の質が逆転した印象をもっている。
AOや推薦の方が、一般入試よりも質がよくなっているのはトップ大学だけではない。
推薦入試に出願するためには、高校入学当初から評定平均を一定以上とし、AOであっても外部の英語の試験等をクリアしなければならず、長期的な勉強が求められる。
またAOや推薦のためには、高校の教員とコミュニケーションできることが必要だが、このコミュニケーションスキルが、大学に入っても学生の評価を高める結果となっている。
特にコロナ禍で、大学でもペーパーテストがしにくい状況となっており、学期末のペーパーテストで成績をつけるのではなく、中学や高校に近い、毎週のテストやレポートで成績を付けている。この結果、高校の時の勉強スタイルで点数がいい学生が、大学でも点数が高くなる。
非ゆとり教育+大半が学力一般入試 という選抜方式の時代の方が日本の学力はOECD加盟国で最も高く、ゆとり教育、推薦AO拡大で日本の学力の国際順位は低下している。
特に推薦AOを拡大し始めた2010年代から、「読解力」の国際順位の低下が顕著(失笑)
多くの事象はオフトレードであり、良いとこ取りなどない。
推薦AOは、意欲は高いが基礎学力は低い、という明確なトレンドがある。
大学はあくまで最高学府であり、学府にとって、主体性・多様性があって退学者は少ないがダントツの優秀層はほとんどいない、こんな選抜方式なんの意味もない。
また推薦AOは、富裕層に圧倒的に有利な制度。
社会奉仕、語学留学、音楽、芸能スポーツなどでの一芸など富裕層の子弟にしか体験できない事。
小泉政権以降、とくに市場原理主義的で野蛮な弱肉強食の経済になり、さらに国民の間に社会的・経済的格差が拡がった。それと軌を一にするかのようにAO方式による入試が跳梁跋扈し始めた。そうした中、この制度は富裕層に有利であり、実質的に「不平等」との本質的欠陥がみてとれる。
他方で、たしかに一般入試はペーパーテストがゆえ受験生のある一面しか評価できないとの弱点を有する。しかし、AO式に比べ到達点が明瞭であり、また同じ土俵での競争ゆえに相対的に平等であり、公平でもある。それゆえ大学受験で長らく、主流として採用されてきたのではあるまいか。
私は一般入試を支持し、そうした学生の活躍に期待する。万一にも、AO入試蔓延るなら、この国に未来はない。そこには、世襲特権階層にとってのみ都合の良い「地上の楽園」あるのみである。




































