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弁護士目指すならどの大学がいいのですか?ロースクールや勉強法、社会での道のりについても教えてください

【6206825】
スレッド作成者: 司法試験無縁者 (ID:mVHLuW.ZQUE)
2021年 02月 10日 18:55

高校生の息子が司法試験に興味があるようです。
今年の大学受験志願者の動向をみていても法学部が人気あるようですね。
昔とちがいロースクール制度があってよくわかりせん。
予備試験とは何ですか?
ロースクールと大学の法学部はまた別ですか?
東大とか慶應が多いようですが他大にくらべ何かアドバンテージ・メリットがあったら教えてください。

大学入試まで勉強詰めだったものの入学後に目標がなくなって、司法試験を目指す人もいるようですね。
国家公務員や民間就職を目指しているのに司法試験を取ってしまおうという人もいるとか。
ただの勉強好きなのでしょうか?

医者の子供は医者が多いと聞きますが弁護士など司法試験合格者のかたのお子様も影響受けてるのでしょうか?
私はまったく司法試験とは無縁のものです。
検事になるのはまた違うのでしょうか?

司法試験合格後どのようなルートを通じて就職していくのでしょうか?
企業法務はどんな感じなのでしょうか?

長々とすみません。大学入学から社会に出て羽ばたいていくまでのことで何でもいいので情報教えてください。

【6210905】 投稿者: 恐縮   (ID:9suyTGf/uqE)
投稿日時:2021年 02月 12日 17:30

ただ、そのときの本を「我が物にしたい」との強い誘惑にかられたことは、正直に告白しておきたい。ちなみにTVでよく映る研究者の研究室風景。あそこにある書物群は自費で購入(多くは「ツケ」で)したものもあれば、大学等からの研究費で揃えたものもある。

さらに、先輩教授から譲り受けた文献類もそこに数多く含まれるのである。すなわち定年退職にあたり困るのが、そうした蔵書類の処分。捨てるにはあまりに惜しいものの、すでに狭い自宅は満杯。家人も渋い顔をする。かりに売れっ子作家であるならば、堅牢な専門書庫がもてよう。だが一介の貧乏研究者にとって、それはあまりに高嶺の花。せいぜい私のように、貸倉庫利用が関の山であろう。そこで、研究室の図書においては、その退職にあたり後輩研究者らがそれらを丸ごと譲り受けることになるのである。

そうした「相続財産」は、いずれその後輩(孫弟子)たちに二次相続(伝承)されていくことになる。そうした先輩・後輩間の慣習がまた、当該大学の伝統や学風を形成していくことに寄与するものだと思料する。私が受験生諸君の進学先選定につき、第一に「伝統ある大学」をお勧めする所以である。

【6210978】 投稿者: 一つ上へ   (ID:LFhpHt2b/9k)
投稿日時:2021年 02月 12日 17:55

恐縮 (ID:9suyTGf/uqE)さん

EDUでは、投稿のマナーとして同じスレッド内では同じHNを使うことを推奨していますよ。
なりすまし防止のためとのことです。

ですから、HNにいろいろな名前を使うのは、おやめになった方がよいと思います。
EDUだけでなく、一般的に様々なHNを使う方は常識のない方と思われることが多いので。

【6211090】 投稿者: 公認会計士試験   (ID:.GwFe3gJs/A)
投稿日時:2021年 02月 12日 18:43

>※それでも昔の公認会計士試験よりはマシであったと友人から聞いた。そちらでは各科目の試験委員が2名ずつしかおらず、たとえば当時早稲田の染谷恭次郎教授の『現代財務会計』や神戸大学の占部都美教授の『経営管理論』などといった現職試験委員の概説書をいやおうなく基本書にせざるを得なかったからであるという。その結果、もし合格が長引き、やがて試験委員が交代してしまうと、新試験委員の著書購入を余儀なくされることになる。

試験委員が交代した時に新試験委員の著書を購入するだけで済むわけではありません。試験委員が、公認会計士試験直前に新著を出版することが多いので、ただでさえ貧乏な受験生は、何千円もするその本を購入し、試験本番直前の忙しい時期にその本を読まなければならないのです。

そして試験当日、問題文の中にある聞き慣れない用語が、試験直前に出版された試験委員の著書の中で触れられていた用語だったりするのです。その著書を読んでいればすぐに答えられるが、読んでいなければその用語の意味すら解しかねる、そういう状況に受験生は追い込まれるのです。

以上は、何十年も前に公認会計士試験に合格した身内から当時聞いた話です。公認会計士試験に比べれば、一応どの基本書のどの説で論述しても良い司法試験は、かなりクリーンな試験だと感じていましたが、違うのでしょうか?

【6211280】 投稿者: たしかに   (ID:kHOkZ2nCSZQ)
投稿日時:2021年 02月 12日 20:20

仰せのとおりのようなことを会計士の知人から耳にした覚えがある。先述のように旧司時代における試験委員は、主要科目で学者ならびに判検事ら計4.5名程度、その他選択科目で2.3名であったと記憶する。他方で、会計士試験は2名程度であった。

そして若干奇異に感じたことは、『会計士セミナー』誌上で新試験委員ごとに詳しく紹介されていたことであった。当然ながら、そこには主要著書や論文についても。それだけ、試験委員の見解に沿った答案をまとめることが合格に向け現実的であったということなのであろう。

【6211330】 投稿者: 合格者やOBの多いところ   (ID:bSBTis5RLS2)
投稿日時:2021年 02月 12日 20:41

これから大学ということであれば、まずは合格者やOBが多いところを目指すのがいいと思います。

首都圏在住なら東大がベスト。そこが無理でも、一橋、慶應、早稲田、中央なら間違いはないです。

地方在住なら、上記以外でも、京大、東北大、九州大といった地元の旧帝大でもいいと思います。

そういえば、大阪の吉村知事は九大在学中に司法試験に合格したんですよね。

【6211357】 投稿者: 一応、そうともいえるが   (ID:kHOkZ2nCSZQ)
投稿日時:2021年 02月 12日 20:55

>一応どの基本書のどの説で論述しても良い司法試験は、かなりクリーンな試験だと感じていましたが、違うのでしょうか?

旧司試時代においても、やはり斯界の通説・判例(通判)的見解にそって答案を記すことが必要であったと思われる。なぜなら、第一に実務がそれで運用されていることである。斬新な見解が期待される学術論文ならいざ知らず、実務家養成のための試験である限り、そうした要請は看過できまい。第二に、それが答案に書きやすいことである。すなわち、多くの参考書類がそうした通判の立場で記されており、論証の材料に事欠かないとの学習経済上の便宜がある。第三に、第二に関連するが、限られた試験時間内では通判でまとめたほうが効率的なことだ。

もし少数説の立場でなら、まず当該論点における通説を紹介したうえで、詳細にその批判をせねばならず、場合によっては通説からの批判に対する再批判までせねばならない羽目になる。それは、相当な実力者でなければ到底至難の業であろう。だが反面、もしそれに成功すればとびぬけた高評価がえられることも間違いあるまい。

もっとも、なかにはとびぬけた秀才があり、そうした見事な答案で採点者らを驚嘆させた例もあったと聞く。たとえば、故藤木英雄東大教授(刑法)や故渥美東洋中大教授らである。両先生ともに学生時代の旧試における口述試験において、試験委員らを相手に舌を巻くような見事な応答ぶりを展開したと、のちに当の試験委員であった先生ご自身らが「忘れ得ぬ受験生」として述懐していた。

ちなみに藤木先生の教科書を基本書にすべきと指導していた方が、同先生急逝の報で一転「前言撤回、団藤か大塚にもどせ」と述べたこと、ならびに渥美先生の『刑事訴訟法要諦』が難解であったところ、同先生ご自身が「刑訴の理解は『諦め』が『肝要』」と自らの著書名をもじった冗談をわれわれにお話になったことを印象深く覚えている。

【6211406】 投稿者: 補足   (ID:kHOkZ2nCSZQ)
投稿日時:2021年 02月 12日 21:23

この場合の「通説」とは、おおむね東京大学教授の学説を指す。それだけ法学の世界においては、東大のみが一強の状態が長く続く。

たとえば、かつて東大の商法学に鈴木竹雄先生がおられた。同先生の著した『会社法』や『手形小切手法』でのご見解は当時、必ずしも学会の通説ではなかったと思われる※。しかしながら、当時の受験生の多くはそれらをして「司法試験通説」としてとらえていたのであった。

※現行憲法における基本権保障の人的範囲につき、株式会社にも自然人たる国民と同様、国や政党の特定の政策を支持、推進しまたは政治的行為をなす自由を有すると、特定政党への政治献金の合法性を肯定したことにつき、自然人ならぬ法人としての性質上その基本権は適用しがたく、また会社の所有者たる株主の意向を無視したものであるゆえに、私はそうした鈴木説に反対であった。その過ちは、『日本経団連』等の大企業による『自民党』への多額の献金による弊害として、今日もいまだ続いている。公費からの政党助成金を受けている以上、政党への企業団体献金は全廃すべき(任意の個人献金のみ可)である。

【6211516】 投稿者: 疑問   (ID:2MtqScCOBMg)
投稿日時:2021年 02月 12日 22:22

東大教授の説が通説なのは何故か、ということだが、1つには、東大法学部の首席クラスが学者になるので、超優秀なのは当たり前という質の問題、2つには、東大助手、院生上がりがAランテニュアで一大勢力を占めているという数の問題があると思われる。ここで、疑問なのは、東大出身以外のAランテニュアの学者は、なぜ東大に進学しなかったのか、あるいは進学出来なかったのかいつも不思議。東大入るよりAランテニュアを取る方が100倍も難しいのに。

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