在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
中学受験情報掲示板では英語教育を巡って揉めているが、数学や現代文の教育ほど重要なものはないと思う。
スレタイのとおりです。
理系くんの脳みそを見てみたいのは、理系くんは科学なり理論なりが役に立つとかいいことだと、アプリオリに知ってるように語ることなんだよな。
哲学的なテーマ。悪法も法か、でもアプリオリに正しい認識は何か、でも何でもいいけど、そういう言語体系によっては我々の議論ややってることも全てデタラメな可能性があるのに、なぜ哲学を学ばずに何かを信じることができるんだろう?
進化論のように、コペルニクス的な転回をもたらす考え方が見つかったら、理系くんのやってる生物分類論なんか全部ムダになるのに。
確かに、物理学に関しては原水爆、化学に関しては化学プラントなどの爆発事故がネックになって女子があまり専攻していない可能性があるので、高専2年や高2から大学2年辺りでそういう惨事を踏まえた、現代科学史をやる必要があるかも。
T.S.Kuhnは、科学の歴史は理論の連続的進歩ではなく、Paradigmの断続的転換として記述される、と理解する。仰せのように、この理解によりParadigm論は科学理論の歴史的・社会的相対性の根拠となる。
しかしその前提には、本掲示板で横行する乱暴で浅薄な論理実証主義(とすらいえぬ次元の単純素朴な「データ」「数字」等の計量的絶対信仰)による「科学史観」に対する批判が存することを確認する必要がある。
怖いのは、現代科学史の教え方によっては、被爆死した人や事故死した人は科学の発展のために必要な犠牲だった、という割り切り方が強化されるおそれもあること。やはり哲学や倫理と科学は手を取り合っていないときつい。




































