女子美の中高大連携授業
不安定で良いなら経済学部、低め安定なら社会学、高め安定なら法学部
景況に左右されやすい金融・保険・証券や商社関係に行きやすい経済学部、ソーシャルワーカーや福祉関係に行きやすい社会学専攻、文系事務職の公務員になりやすい法学部、こういうイメージがあるのですがどうでしょう?
私は唯物論者ゆえ、宗教には懐疑的。亡父の葬儀も無宗教で行った。かといって今日まで、「あの世」の親父が文句を言ってきたこともなし。したがって、教祖なるものもいない。むろん、マルクスやエンゲルスも然り。彼らは天才ゆえに学問的には尊敬するが、人間的にはその限りではない。
なお付言するに、君にはかなり知識面での誤解が見てとれる。そこで以前、「関西人」さんがご紹介になった生松敬三著『社会思想の歴史』(岩波現代文庫)をご覧になってはいかがか。定評ある入門書である。
「歴史」とか「日本史」とか「世界史」のような大々的なものはアレだけど、テーマ史ということで「社会思想」の「歴史」は、1冊で学術書になるかもしれない。
しかし、「社会思想」であっても、あるいは生松氏の持つ何か左派的・疎外論的な感じが好きでない場合は、特定のテーマに関する哲学ということで、例えば、渡邊二郎『歴史の哲学』のような、放送大学での講義を基にした本が推奨されるべきなのもしれない。こういう本はあまり簡単ではないし、要約できなかったりもするが、まずは一回通読することで使われている言葉に慣れたり言い回しに慣れたりできるという点では良いかもしれない(それ以降は言及されているヘーゲル、マルクス、ウェーバー、ニーチェ、ハイデガーやあるいは三木清を読んだりする際に必要だと思ったときに読み直せれば良しとすべきかも)。
逆に、生松氏や渡邊氏の依拠するドイツ哲学的なものがイマイチ合わなかったり、案外思想性がどことなく出ていても良いと思ったりするのであれば、フランス現代思想の泰斗である今村仁司氏の『近代の労働観』のような本がいいのかも。ちなみに今村氏は京都大学経済学部卒であり、東京経済大学で長年教員をしていた人である。
直接、古典たる「原典」に挑戦すること。解説書の類いをいくら読んでも、限界がある。むろん多くの場合にはじき返されようが、二読三読するうちに少しずつ理解は進む。昔、陸軍士官学校を首席で卒業し、天皇から「恩賜の銀時計」を授かったある軍人は、一冊を25回反復精読したそうな。
去年末から今年の春ごろにかけて、マルクスがそれなりに参考にしていたアダム・スミスの『国富論』を講談社学術文庫で読もうとしたが、80頁ほどで挫折した。中公新書から出ていたアダム・スミスの解説本で知るのとはまた違った感覚だった。
宗教と言ったのは、カトリック教会の言うことを否定できないカトリック教徒みたいに、内にこもる性格がマルクス教(徒)にはあるよねという(そして君にも)、あくまで比喩だよ(笑)
君の文面から判断するに、そもそも君は初歩経済の知識がごっそりと抜けているので、今後もマクロ経済・社会を語るなら、世界におけるスタンダードのマンキュー入門経済を、
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ミクロの個人思想、集団思想、階級思想を語るなら、2000年間袋小路の哲学ルート、数学が苦手で根本的矛盾を含んでいる/に気付かなかったマルクスルートではなく、教祖&君の苦手な高校数学・生物を理解した後、脳科学ルートでの地に足を付けた議論をオススメするよ。そうすれば現状のように優秀な人にはガン無視される残念な哲学界隈の現況を打破できるよ!(笑)
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"神は、脳がつくった 200万年の人類史と脳科学で解読する神と宗教の起源"
「資本論」を読み進めるに困難な事情に、あの煩雑な引用がある。とりわけエンゲルスがまとめた2巻以降にそれが顕著。そのため、とくに19世紀英国における経済社会に関する知識は背景として不可欠になる。経済学部の学生ならともかく、他の学部、とくに世界史を選択しなかった者はその点につき留意する必要がある。やはり、世界史の教科書を再読することが有効か。
私の関わる学会には近時、弁護士等の実務家の新規加入が目立つ。その分だけ、研究者志望の博士後期課程の院生が相対的に少なくなったことの表れでもある。先ほど顔を出した分科会でも実際、-実務的なテーマであったこともありー、報告者二名のうち一人は弁護士であった。それゆえにか、弁護士会員らからの質疑も多かった。しかしながら、そこで腑に落ちなかったことが二点あった。むろん挙手して質問しようとも考えたが、強い動機にはならなかった。彼らに恥をかかせるような気がしたからだ。
第一に、報告者たる弁護士が当該テーマについての報告の論拠として「憲法」を挙げ、それをあたかも錦の御旗のごとく大上段に位置付けていたことだ。たしかにそれ自体は過ちではあるまい。憲法はこの国の最高法規であるからだ。しかしながら、現行憲法自体の本質が資本主義法である限り、「所有権の尊重」との原理がその前に立ちふさがる。したがって、そうして憲法を論拠にすればするほど、かえって反対論での有力な法的根拠もまた憲法自身から導きだされる可能性がある(要するに、「やぶ蛇」)。その点につき、報告者はどう考えているのであろうか。
第二に、その会場に弁護士会員が多かったためにか、事例研究会のごとき様相を呈していたことだ。「研究者」で組織される学会である以上、もう少し理論的に深みのある質疑応答が欲しかった。それゆえにか最近、理事者の間で法曹実務家からの入会申請につき、資格要件の厳守を唱える声もあるという。本当に「研究」目的(研究者なのか)ということだ。数年前に関西で行われた学会の会場に向かう際での出来事。偶然に乗り合わせた車中における大手事務所の若い雇われ弁護士たちによる声高な話が印象的であった。彼らは、事務所の先輩らが推薦者になり、ただ機械的に入会しただけのように思われた。




































