女子美の中高大連携授業
不安定で良いなら経済学部、低め安定なら社会学、高め安定なら法学部
景況に左右されやすい金融・保険・証券や商社関係に行きやすい経済学部、ソーシャルワーカーや福祉関係に行きやすい社会学専攻、文系事務職の公務員になりやすい法学部、こういうイメージがあるのですがどうでしょう?
東大レベルならそうだけど、阪大・神戸大レベルになってくるとそこまで選り好み出来るほど学力的余裕はないので、それなりの人生設計をした上での学部選択が求められる。まあ、合わなかったら入りなおせばいいやと思えるくらいの精神的余裕があれば一番いいんだけど。
最近、学部生のみならず院生に対しても、そう問いただすことが多くなった。たとえばゼミ等で、報告者自身が問題点としてレジメで指摘する事項が、いずれも他の先生たちが著書や論文で問題提起したものばかり。むろん、それが悪いというわけではない。しかし報告者である以上、それは報告者自身の考える「問題点」でもなければなるまい。しかも、それに対する報告者自身の考え(答え)も明らかにされない。私が聞きたいのはえらい先生のご高説ではなく、君ご自身になるそれについての(根拠・理由を添えた)考え方なのである。
1.本件には、次のような問題がある。
2.それにつき私は、〇〇のように考える。
3.なぜなら、第一に、第二に、第三に、~と思われるからだ。
程度の型でせめて報告してもらえると、その後の皆での議論の端緒になるのだろうが。
私は正直なところスレタイやスレ本文のようなことを思いつくに至るまで20年近くかかりました。そのため、18歳時点では学際系の文系学部にしか行く勇気が出ませんでしたね。今でも同じ選択をすると思います。そういう人間が増えることが果たして日本にとって良いのか悪いのか、そういうことも考えましたが、このような議題でスレ立てをする勇気は無いですね。あと、昔(20年くらい前)に比べて経済学部がここまで数学重視のカリキュラムになるとも予想しておりませんでした。
今日本シリーズをやっていますけど、学生、彼ら彼女らは、バットの出方をどうするかという時点を気にしすぎていて素振りを沢山する体力がついていないのだと思います。
早稲田の学力を底上げする方策としては、
・新聞を定期的に読んでこなかったやつ
・高校時代に本を自主的に選んで読んだことのないやつ
・高校が一方通行の授業ばかりで発言する機会がなかったやつ
こういうやつたちに学力的・精神的・金銭的余裕のあるやつが手取り足取りするといった形があるかもしれませんね。院生は必ずしも余裕があるとは限らないからTAみたいにして面倒を見させるのは可哀そうかもしれないです。
以前は入学前や学生時代に「必読」の本などが、『法学セミナー』等で紹介されていた。同じく梅本克己も『唯物論入門』の巻末で「参考文献」として、たとえばベーコン『大革新への序言』やディドロ『哲学断想』から始まり、ヘーゲル『歴史哲学』序論やハイネ『ドイツ古典哲学の本質』、さらにマルクスやエンゲルス、レーニンからトロツキー『ロシア革命史』等々を初学者向けに紹介している。
ちなみに私たちの時代は、再三述べたように大学入学後での先輩たちとの自主的な読書会でそれらを読んだ。また、京大出身のある大先生は戦前、特高の目を意識しつつ、こっそりと友人の下宿等に5、6人集まりマルクスの著作を読み込んだとのこと(あの戸坂潤もメンバー)。今でも、有名国立大学出身の研究者によれば、入学(前?)にそうした人文・社会科学系の古典(書物を指定され)を読んでおくことが求められたと聞く。
そこでもし、高校生時代に適切なTAがおり、そのうえでそれら古典のさわりでも触れられたならば、-わからないなりに-大いなる知的刺激を受けられるのではあるまいか。またおそらく現在、それを可能とする環境は、早慶等の附属・系列校であろう。しかも、彼らは大学図書館も利用できる。さらにそうしたとき、ー僭越だがー、貧乏学者たる亡父が集めた膨大な書物が身近にあったこの私は、その点(だけ)では幸運であったと思われるのである。




































