女子美の中高大連携授業
私大の文系学部生の割合ってこんなに高いんですね。どう思いますか?
タイトルの通り、私大の文系学部生の割合について調べました。軒並み8割を超えるという驚愕の結果に。今後も含め私立大学について、色々話し合ってもらえますでしょうか。
◯慶早上理
慶応 5273/6571 80.2%
早稲田 7312/9010 81.2%
上智 2499/2886 86.6%
東京理科 483/3960 12.2%
◯MARCH
明治 6790/8130 83.5%
立教 4366/4653 93.8%
中央 5712/6908 82.7%
青山 3993/4754 84.0%
法政 5678/6991 81.2%
◯関関同立
関大 5696/6926 82.2%
関学 5228/6128 85.3%
同志社 5259/6227 84.5%
立命館 6607/8104 81.5%
昭和から平成初期くらいまでは文系人材もそれなりの数が必要だったんだよね。
経理人事総務みたいな間接部門で大量に人を使っていたから、文系私大がじゃんじゃん定員を増やしても企業側もそれなりに吸収出来た。
経費処理や給与計算なんかも当時はまだ半分くらい人海戦術で手入力みたいな時代だったから頭数は必要だったんだよね。
でも今は間接部門に人は全然要らないからね、昔は10人20人でやってた仕事を1人でこなして余裕みたいな感じになってる。
必要な文系人材の頭数は激減しているのに、大学を出てくる文系学生の数は増えてるくらいだから余るのは当たり前なんだよ。
ところが長い目で見た場合、あなたのいうその「余剰人員」の圧力が結果的に新たなマーケットを開拓・創造する可能性もある。人間は、利己心によって行動するとのアダム・スミスの考えによれば。いや、その後のすぐれた経済思想家らも同じことを指摘しているのではないか。むしろ私には、戦後すぐに政府が理系重視を打ち出しておきながら、爾来今日に至るまでそれが実現されていないことの理由を深めていくことのほうが、むしろ先決ではないかと感じている。そうでなければ今回もまた、机上の空論、画餅に帰す。依然として、文系支配が続く。
>戦後すぐに政府が理系重視を打ち出しておきながら、爾来今日に至るまでそれが実現されていないことの理由
これ答えは簡単です。
戦後に私大中心の大学定員増で文系人材の供給が異常なレベルで増えてしまったから。
これで理系重視の方向に国が動く訳が無い。
その結果として、ごく一部の優秀な文系人材は別として有象無象の無能な文系が各企業に大量に流れ込んで数的有利な状況を理して学閥やら派閥やらで企業を動かし始めてしまったから。
これがメインですね。
戦後の復興から一時的急速に力を付けた国内のメーカー系企業の多くが最近では泣かず飛ばすの斜陽企業になってしまった理由など典型的にこれでしょう。
たしかに、そうした現象はあったのかもしれない。しかしながら、戦前の旧帝大、たとえば阪大や名大は沿革的に理系の大学であった。また、戦後に政策的に大学に昇格した地方国立大学もまたその前身が理系の旧制専門学校であったことなどから、主に理系中心の学部構成になってきたところが多い。しかしながら、そうした経緯を有しながら、なにゆえ国が描いてきた「科学立国」の理想像には程遠い今日的現実があるのであろうか。私はそこに、現在もまた一部の理系研究者らと不当な癒着を深めるこの国特有の「会社資本主義」の存在を疑っている。その目先の成果を求める営利至上主義こそが、この国の自然科学の発展を阻害してきたのではあるまいか。そういえば、チンパンジー研究で著名な京大の元教授も、「学振」からの助成金等の問題で懲戒解雇になった(地位確認ならびに損害賠償で、京大と係争中らしい)。したがって、今日まで続くこの国の文系支配は、実は理系人士(社会)そのものに主たる理由があったというものが私の現時点での結論である。手練れの技能者、技術者はいても、科学哲学を備えた真の意味での自然科学者は乏しいのではあるまいか。
>戦前の旧帝大、たとえば阪大や名大は沿革的に理系の大学であった。また、戦後に政策的に大学に昇格した地方国立大学もまたその前身が理系の旧制専門学校であったことなどから、主に理系中心の学部構成になってきたところが多い。
ですから、この状況だったからこそバブル期くらいまでは日本は伸びたし頑張れたのですよ。
その後に大量生産された文系人材がそれなりの年齢層になり社内で力を持つようになった時期くらいから先で全てが崩壊しているでしょう。




































