在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
大学受験国語を考える
現代文の題材に選ばれるような文章はポエムに過ぎないだとか、
古文や漢文はいらないだとか、
いろいろ言われていますが、
大学に入ったら嫌でも文章を読んで書かないといけないので、
おそらくは小論文などとともに残るであろう、大学受験国語。
これについて考えていきましょう。
民主主義は多様な意見の中から多数決で決めるが、一体性のある社会でのみ、多数決が機能する。
しかし、一体性のない社会。マイノリティがマジョリティに抑圧される社会では、多数決は民主主義ではなく、支配に過ぎないのだ。
だから、トランプ支持者は選挙結果を受け入れない。民主主義アメリカ合衆国の一員としてでなく、ヤツら(woke=くだらないリベラル思想に害された意識高い系)と戦うトランプを支持し続ける。
例えば、千坂恭二氏というある意味すごい在野の思想家、思想史家の人がおられますが、理数系は全然だめみたいですけど、とんでもない読書量、語学力、本を読む力で洞察力を養って理数系の能力の低さをカバーしている感じはしますね。
まあでも、常人は本を読む力や本を選ぶ力も大して持ち合わせていないから、文系の勉強はそこそこにして、理数系の能力も伸ばさないと世の中ではやっていけないですよね。英(外国語)国社の3点集中で凌ぐのは厳しいです。
>思い込みが激しいな。最初に「数学を高校の途中で捨てた私立文系の学生」と言ったよな。
捨てたというのも決めつけですね。
地方では国立が主ですが、東京では私立大学がターゲットにもなるのです。
選択できる科目で自分に合格しやすい科目を選ぶ。
捨てたというのに値しません。
当たり前のことです。
> 文系という学問をしっかり考えている学生もいるでしょうに。
あのね、大学は専門学校じゃないんだよ。日本の大学は一般教養を積み重ねた上に専門分野を学ぶところ。一般教養には理数系の科目も含まれるけど、それをやらずに教養を身に付けたとでもいうのかい?専門分野の勉強だけでは視野が狭くなるだけだよ。
ちなみに米国では、学部では一般教養を主に学び、専門分野は大学院で学ぶようになりつつある。一般教養の重要性を理解してね。




































