女子美の中高大連携授業
大学受験国語を考える
現代文の題材に選ばれるような文章はポエムに過ぎないだとか、
古文や漢文はいらないだとか、
いろいろ言われていますが、
大学に入ったら嫌でも文章を読んで書かないといけないので、
おそらくは小論文などとともに残るであろう、大学受験国語。
これについて考えていきましょう。
> 仮に大学生の教養として数学が必須というのなら、すべての知的活動の基本である母語(母国語とは異なる)ならびにその土台をなす古文や漢文の知見もまた同様のはず。
わかってないと思うけど、高校の数学なんて数3Cでさえ基礎の基礎の基礎だよ。だからそのぐらいは文系でもやっておかないとな。言葉を通して日本文化の由来を知るにあたって、高校は基礎となる古文まで(=平安時代以後)にして、それ以上(=奈良時代以前)に深く追究するなら大学で漢文を学べばいいんじゃないか。
> そのうえで日本語の特徴をみれば、そこに多くの中国渡来の漢語があることが分かる。
漢語があるからといって、漢文を学ぶことの必然性にはならんよな。漢語の個々のの意味を由来を含めて日本語で学べばよいのでだから。漢文を習って漢語の一つ一つの意味を理解できたかと言えば、必ずしもそうは言えんな。
お札の肖像に明治期の偉人が使われるぐらいだから、受験生が苦手な近世古文や擬古文・近代文語文はマジでちゃんと学校教育の中で位置づけるべきだと思う。一橋大学や明治大学などでしか出されないじゃないかと言われるが、日本史や日本哲学史や日本経済思想史、日本政治思想史がばかにできない分野である以上、東大などのごく一部だけが学べばよい文体ではない(京大で出ていたが2003年以降は出題されなくなったではないかとは言われるが、あれは高槻でうちの代が放課後に擬古文をガリガリ勉強していたことへの牽制によるという特殊な事情がある可能性がある)。海保青陵とか緒方洪庵、石田梅岩あたりは経済史や医学史、倫理学のとっかかりにも良いし。




































