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都立大、埼玉大、千葉大か日東駒専か?

【7166155】
スレッド作成者: 受験生 (ID:Oc1/HuFFCpg)
2023年 04月 01日 19:00

難易度的に横国マーチあたりは難しいので、都立大か埼玉大か千葉大、日東駒専あたりを狙おうと思っていますが、どれがおすすめですか?
ちなみに日大経済や東洋の国際経済レベルの数学なら余裕で満点をとれます。
でも横国二次レベルの英語はちょっと難しいので、難易度的にこのあたりが妥当だと思っています。
よろしくお願いします。

【7320604】 投稿者: 範囲拡大   (ID:9p0XAxYqhSw)
投稿日時:2023年 10月 15日 10:12

もう、神奈川埼玉千葉は、東京都に吸収合併してもらう。で良いのではないでしょうか。そうすれば都立大学が難化しそう。

コロナ禍の頃、知事四人がオンラインで会談しているのをテレビニュースで見かけた時、もう一人でいいんじゃね?と思いました。四人とも首都圏は一体と繰り返していましたから。

鉄道もないような時代に都道府県の県境が引かれたわけで、現在の人の動きに合っていない。

【7320659】 投稿者: スレタイ   (ID:JXV0eUHX8PY)
投稿日時:2023年 10月 15日 11:45

>ちなみに日大経済や東洋の国際経済レベルの数学なら余裕で満点をとれます。

都立、千葉、埼玉、横国のどれかに行きましょう。
マーチなど私大は正直、学力や金が勿体ない。
こんなこと、少し考えればわかること。

【7320941】 投稿者: そうだろうか   (ID:1mYdWQWYmTM)
投稿日時:2023年 10月 15日 18:56

経済学の祖であるアダム・スミス。古典派経済学は、彼を抜きに語ることはできまい。だがそのスミスでさえ、たとえば貨幣につき、せいぜいその交換的機能程度の認識しか到達しえなかったではないか。しかしながらマルクスは、さらに貨幣の有する価値創造的機能まで見事に解明した。

そうした今では「当たり前」と思われる知見も、19世紀段階ではマルクス以外に誰一人有することができなかった。それは19世紀英国資本主義につき、大英博物館での長年に亘る膨大な資料の地道な渉猟・読み込みにより天才マルクスだからこそなし得た、まさに(人類の)知的快挙である。それゆえ、その精華たる『資本論』も『聖書』とならび、世界でもっとも読み継がれるべき古典として評価され、今日までアカデミアに君臨しているのである。

たしかに難解だ。多くの方々も第一章でくじけてしまうことだろう。実際に大学院のゼミでも、ほんの2.3行の解釈で授業時間のすべてを使い切ってしまうこともしばしばだ、それでも辛抱強く読み進めば、彼の緻密な分析に膝を打ち、舌を巻くことになる。だからこそ、非マルクス主義の立場に立つ世界中の研究者らも、『資本論』に代表される彼の膨大な著作=知的営為に一目も二目も置いてきたのである。

【7320982】 投稿者: 資本論   (ID:UbKgPoev98.)
投稿日時:2023年 10月 15日 19:41

資本論は科学ではなく思想。

【7321651】 投稿者: そうだろうか   (ID:1mYdWQWYmTM)
投稿日時:2023年 10月 16日 23:48

それは正統派(=代々木系)といわれる古い考え方。唯物史観の観点で資本論を読むとの立場だ。他方で、新左翼の黒田寛一はその著書で、逆に資本論で唯物史観を検証すると述べている。まして宇野弘蔵などは、資本論と思想とは無関係だとして、切り離して論じる。私も宇野学派に賛同する。

たしかにマルクスは哲学者であり革命家であった。それゆえ資本論に思想的要素が混在することは否めまい。だが純然たる経済学的観点から同書に目を通せば、これほど明解に資本主義の実相を解明した書物は世にあるまい。ただ問題は「エンゲルス問題」と言われるように、第二、第三巻はマルクスの死後にエンゲルスが編集したために、いささか分かりにくいものになっていること。また、マルクスが博識ゆえに多くのエピソードが挿入され、それゆえある程度の経済史の知見がないと理解しにくいものになっていることだ。

いずれにせよ、マルクス自身が執筆した第一巻は必読である。もっとも、90%の諸君はすぐに挫折してしまうことだろう、残念ながら。

【7321742】 投稿者: 哲学学   (ID:c5mGu7PVCVY)
投稿日時:2023年 10月 17日 07:29

日本での哲学等(思想・宗教・マル経)は、哲学ですらなく、哲学学(本読んで分類して満足している戯け者の集団)だからね(笑)

“中国哲学史”
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「大学での哲学は、哲学することではなく、過去の哲学者の言ったことを解釈する哲学学だとしばしば揶揄されることがある。その哲学学の中でも、解釈をクロノジカルに並べた哲学史はより疑いの目で見られる。一体どういう理由で哲学をクロノロジカルに並べることが正当化されるのか。より強く言えば、哲学史は全然哲学的ではなく、歴史学に属しているのではないか、という批判である。哲学は超歴史的な真理を追求するものであって、歴史学の軍門に降るとは何事かというわけである」

【7321776】 投稿者: お答えする   (ID:1mYdWQWYmTM)
投稿日時:2023年 10月 17日 08:35

哲学科の科目構成をご覧になればよし。そこには当然ながら西洋や東洋における哲学史も必須とされている。それらを通じ、過去の偉人につき学ぶことは意義深い。したがって、当該引用につき、とりたて反論する必要は認められない。

なお付言するに、私もまた哲学が一般科学であり、その他は特殊科学であると位置付ける哲学の通説に同意する。また、その特殊科学を専攻する私自身は、その哲学的基礎を解明し、その観点から専門分野を考察したいと考えてきた。

【7321777】 投稿者: なお付言   (ID:1mYdWQWYmTM)
投稿日時:2023年 10月 17日 08:37

君は、アリストテレスにつき学んだ方がいいね。

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