女子美の中高大連携授業
都立大、埼玉大、千葉大か日東駒専か?
難易度的に横国マーチあたりは難しいので、都立大か埼玉大か千葉大、日東駒専あたりを狙おうと思っていますが、どれがおすすめですか?
ちなみに日大経済や東洋の国際経済レベルの数学なら余裕で満点をとれます。
でも横国二次レベルの英語はちょっと難しいので、難易度的にこのあたりが妥当だと思っています。
よろしくお願いします。
新自由主義で資本主義が行き過ぎた。
格差が拡がれば犯罪が増える。
いつまで勝ちで満足してんの?
勝組は負組の標的にされて強奪される。
マルクスが予言していた資本主義の末期が今。
次の時代に移るためには「勝ち負け損得の価値観」を徹底的に潰す必要があるのでしょう。
勝っても負けても総自滅だと国民全員が思い知るまで。それから再生。
>マル経読者が出来るのは、「聖典を読みなさい!」「私の解釈が最高だ!」だけで、要はマルクス経済学「学」だから、相手をするだけ時間の無駄やで。現実への適用/予測の関心が0の、ただの趣味自己満なので(笑)
そうした支配的な階級意識とは、階級支配の規範を支える意識であるといい得る。そして、まさにこの階級支配が歴史的段階や特殊な政治的条件のうちにのみ現実に行われている限り、その意識を支える意識も現実には特殊的である。但し滑稽なことは、そうして収奪される側にある者がそれに気づくことなく、支配層に利用され尽くされてしまうことだ。「豚が肉屋を支持する」体である。
不勉強な輩からは一見、「マルクス崇拝」にとらわれているように考えられるのかもしれない。だが我々は、実在した英雄である「立法者ナポレオンの意向」にしたがってナポレオン法典の注釈に終始したフランス注釈学派の考え方をとるものではない。換言すれば、かの注釈学派のように、万古不易の「マルクス教」から出発して、『資本論』で定立されたマルクスの意思を崇拝する如き逆説乃至背理に陥るものではないということだ。だからこそ先に、私自身は宇野学派に近いと申し上げたのである。なんとなれば私自身は、初期マルクスこそ、彼の真骨頂であったと思料するものだ。
ところが、最近は学部生どころか院生でも議論が一方通行になりやすい。なぜなら、彼等の中には社会科学での議論の前提たるべきフランス革命以降(世界史)、明治以降(日本史)の一般的知識に乏しい学生が散見されるからだ。それに最近は、卒論自体まとめた経験のない院生も少なくない。そうした彼らは、いかにして院試を通って来たのだろうか。仮に大学院進学を希望するのなら、たとえ必修でなくとも自ら卒論を書いてみるくらいの意気込みが必要だと思われるのだが。
そもそも読書量自体が圧倒的に乏しい。我々の時代でさえ、高校生ともなれば岩波新書くらいは手にしていた。この私でさえ一般常識として、志望学科とは異なる伊東光晴先生の名著『ケインズ』(岩波書店)くらいには目を通していた。ところが今は、岩波ジュニア新書の存在すら知らない学生もある。せいぜい、中学入試での説明文、大学入試での評論文程度しか「硬質」の文章に触れていないようなありさま。
加えて最近は、大学院に外国人留学生が多くなった。彼等の多くは日本国憲法を知らない。なかには、中国で建築学を専攻した学生が、なぜか日本の大学院では社会科学関係の研究科に進んだりする例もある。その向学心は是とするも、指導する側には負担になる。そうしたなか、母国で法学や経済学を学んだ外国人院生に出会うとホッとする。彼等の母国との比較の視点を含め、興味深い議論が期待できるからだ。彼らに顕著な傾向たる「改良主義」たらざるを得ない国情も理解できる。
国立大ランキング
https://web.archive.org/web/20221127005736/http://tanuki-no-suji.at.webry.info/201801/article_14.html
Aクラス 東京一工
東京、京都、一橋、東京外国語、東京工業
Bクラス 旧帝 横筑神
東京医科歯科、大阪、東北、滋賀医科、神戸、お茶の水女子、九州、名古屋、横浜国立、筑波、北海道
Cクラス 金岡千広・農繊名電
東京農工、旭川医科、千葉、東京海洋、京都工芸繊維、名古屋工業、広島、電気通信、金沢、岡山、奈良女子、東京学芸、埼玉
Dクラス 5S
熊本、信州、大阪教育、三重、岐阜、京都教育、新潟、静岡、滋賀、九州工業、帯広畜産、小樽商科
Eクラス
香川、和歌山、鹿屋体育、東京藝術、長崎、山梨、愛知教育、山口、奈良教育、茨城、富山、群馬、宇都宮、福井、徳島
Fクラス
鳥取、豊橋技術科学、宮城教育、鹿児島、高知、愛媛、弘前、岩手、山形
Gクラス
島根、大分、佐賀、福島、長岡技術科学、兵庫教育、宮崎、秋田、鳴門教育、福岡教育、上越教育、琉球、北海道教育
Hクラス
室蘭工業、北見工業、筑波技術
資本主義は別物の政府が金融・財政・税制で経済を調整するケインズ主義と、政府が何もしないのが望ましい自由主義とが混ざっています。
1930年代以前と1990年代以降は(新)自由主義、1940―1980年代はケインズ主義です。
ケインズ主義だと需要大供給小でインフレとなり、需要大供給小に合致する供給を設備開発投資と雇用増加で作るときに、好景気・産業強化・そして賃金上昇が起きます。
しかし、自由主義は一度金融危機が起きて企業が金をため込み設備開発投資をしなくなると、永久に不景気とデフレを続けます。
そして、デフレの元では労働者余りとなり、買いたたかれるために資本が肥大しても止める存在がないというのが正しいでしょう。
ただしケインズ主義も資源不足や外貨借金など供給小のコストプッシュインフレで合致する供給が作れない時は困難です。
しかし、資源を増やし輸出を増やすことが解です。
よってケインズ主義が解です。




































