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国際卓越大学申請
国際卓越大学に申請10件。
東大、東京科学大、京大、東北大、名大、阪大、九大、筑波大、早大、理科大
どこが認定されるのか。指定国立大から顔ぶれ変わるのか、私立大の認定はあるのか、旧帝大唯一申請のない北大はどうしたのかなど。
また、過去のSGU、指定国立大などの反省を踏まえどう運営されるべきかも含めて意見交換しましょう。
国立3大学しか認定されなかったことにつき、慶應が一番安堵しているのでは。
慶應塾長が国際卓越研究大学の法制化に向けた審議会委員をやりながら、基準未達や学内協力体制構築困難などにより、結局、申請さえせず。
そして地域中核大学をゲット。
一方で早稲田は申請して撃沈。
両校の校風を象徴している気もする。
本当に京大が認定されたくないなら正々堂々辞退すれば良い。阪大や名大などに代わるだけでは?
そもそも国際卓越研究大学は認定後に実績などがふさわしくないなら認定取り消しとなる。
まあ、辞退する勇気など京大には無いと思うし、認定させた以上前向きに取り組む方が良いとは思う。
制度設計の課題は提起しつつ。
>本当に京大が認定されたくないなら正々堂々辞退すれば良い。
これは、大学という組織における「総意」と「執行部の結論」を同一視した誤りです。
学生、OB、教職員がそれぞれどう考えているかということと、大学として最終的にどういう意思決定を執行部が下すかは、必ずしも一致しません。京大が認定を受け入れたという事実は、京大に関わる人間全員が国卓に賛成している証拠にはならない。組織の総意と組織のトップが出す結論の間には、常に距離がありうるということです。
この構造、実は皇室典範の議論とまったく同じ形をしています。2024年4月の共同通信の世論調査では女性天皇に賛成が90%、女系天皇に賛成も84%という、圧倒的多数が支持している。今年に入ってからの調査でも女性天皇容認派は6割を超えている。国民の総意としては、女性天皇への抵抗感はすでにほとんどない状態です。
それにもかかわらず、今月10日に衆議院を通過した皇室典範改正案は、皇族数確保という限定的な目的にとどめ、皇位継承を男系男子に限定するという従来の枠組みを変えないまま可決されました。高市政権のもとで進められたこの改正は、世論の圧倒的多数の意向とは逆方向の結論に落ち着いている。
つまり、「認定された以上は組織の総意として受け入れろ」という論法は、意思決定を担う一部の人間の判断と、その組織・共同体全体の総意を意図的に混同させる詭弁です。京大の執行部が認定を受け入れたことは、京大に関わる全員がその判断に納得している証拠にはならない。国民の9割が支持する制度変更が、政権の判断一つで実現しない現実を見れば、組織のトップが出す結論と、そこに属する人々の総意が乖離しうることは、皇室典範の一件がすでに証明しています。
>学生、OB、教職員がそれぞれどう考えているかということと、大学として最終的にどういう意思決定を執行部が下すかは、必ずしも一致しません。京大が認定を受け入れたという事実は、京大に関わる人間全員が国卓に賛成している証拠にはならない。組織の総意と組織のトップが出す結論の間には、常に距離がありうるということです。
繰り返しになるが、私は、京大内に、本当に認定されたのに受け入れたくない学生や教職員が多いなら、国際卓越研究大学としての実績や成果は上げられないのではないか、それならば辞退し、別の大学を認定するのが筋、と言っているだけ。
>皇位継承を男系男子に限定するという従来の枠組みを変えないまま可決されました。高市政権のもとで進められたこの改正は、世論の圧倒的多数の意向とは逆方向の結論に落ち着いている。
個人的にはどうでも良い話。
天皇制廃止を主張しているはずの共産党までもが愛子天皇を叫びはじめるなど違和感のある騒動。愛子天皇推進派は愛子天皇の後の天皇はどう考えているのかも不明だし。
むしろ岸政権当時に多くの学生が関与した安保改正反対運動の方が喩えとしてはフィットする。
要は国家観に基づき、国民が望む政策ではなく、国民にとって良い政策を推進することが政治なのである。
>私は、京大内に、本当に認定されたのに受け入れたくない学生や教職員が多いなら、国際卓越研究大学としての実績や成果は上げられないのではないか、それならば辞退し、別の大学を認定するのが筋、と言っているだけ。
これは論理が飛躍しています。統治構造への懸念を持つことと、研究成果が上げられないことは、別の話です。教職員が制度設計に異議を唱えながらも優れた研究を続けることは十分可能で、内部に反対論があること自体を「実績が出ない証拠」として扱うのは、根拠のない推測です。
>個人的にはどうでも良い話。
これは反論の放棄です。皇室典範の例が「どうでもいい」なら、なぜ代わりに安保闘争の例を持ち出したのか。都合の悪い実例を「興味がない」で片付けて、自分に都合のいい実例に差し替える、これは論点のすり替えです。
ただ、一番重要なのはここです。
>要は国家観に基づき、国民が望む政策ではなく、国民にとって良い政策を推進することが政治なのである。
これ、あなた自身の最初の主張を完全に否定しています。
あなたは「学生・教職員の総意に反するなら辞退すべきだ」と、ステークホルダーの意向こそが正統性の根拠だという前提で議論を始めました。ところがここでは、政治において国民の意向と政策の是非は無関係で、統治する側が「良い」と判断したものを進めるべきだと言っている。
この理屈を一貫して適用するなら、国際卓越研究大学の統治構造改革も、学生や教職員の総意など問わず、統治する側が「大学にとって良い」と判断すれば進めてよい、ということになる。つまりあなたの立てた基準(総意に反するなら辞退すべき)は、あなた自身が今書いた政治哲学によって根拠を失います。総意より為政者の判断を優先すべきだと言うなら、京大執行部の判断こそが正統であり、学生・教職員の反対の有無を辞退の理由にすることはできない。
自分の最初の主張と、最後の一文が、真正面から矛盾している。これは反論ではなく、自滅です。






























