在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
中央大学法学部は都心移転によりどこまで復活するか?
みなさんの予想はどうですか?
私は、
出身学部別での司法試験合格者数は1位。
予備試験合格者数では2位。
国家公務員総合職の合格者数では早慶を抜いて1位。
民間は今より良くなる。
偏差値は普通に早慶上位レベルまで上がる。
>1962年代であれば、圧倒的に中央法の方が新聞記者になるにも有利だったはず。
残念ながら私にはその知識がありません。昔も今も「マスコミは早稲田」との認識があるだけです。そうおっしゃる何か根拠はあるのでしょうか?
1960年前後の早中就職データなんて確認できんだろう。当時から「マスコミは早稲田」だったのか「中央法が新聞記者になるのは圧倒的に有利」だったのか分からんのじゃないの。データもなしに“・・・のはず”は止めたら。
ウィキペディアには渡瀬恒彦は新聞記者になりたいから「中慶を蹴って一浪早」と書いてると言うことだけだろう。
>法曹界での実績は未だ圧倒的に中央法が早稲田法を圧倒的に上回っている。
おそらく今後20年経ってもそれは抜かれないだろう。
伝統のさせる技だな。
その間に巻き返せば良いだけの話し。
その通り。
スポーツ推薦をもっと大量に入学させれば勝てる。
中央大学スポーツ法科学部誕生だ。
理工学部よ、多摩へ行け。
お前らが多摩移転を容認しないから、中央大学全体のブランディングがうまくいかないんだ。
もう一度言う。
理工学部よ、多摩へ行け。
あの広大なキャンパスの方が絶対に充実した研究ができるぞよ。
お前らが多摩へ移転すれば、他学部が1.2年多摩、3.4後楽園で中央大学のブランディングがうまくいくんだよ。
3度言う。
理工学部よ、多摩へ移転しろ。
長谷川如是閑(にょぜかん)
中央大学の前身の東京法科院卒のジャーナリスト、幅広い総合文化人でもある。
なぜ、中央大学はもっと強く称えないのか。
大正デモクラシー期の代表的論客であり、半世紀に亘りジャーナリストとして屹立した巨人(岩波書店)。
大正元年には朝日新聞の天声人語を担当し、社会部長時には、夏の甲子園野球大会を創設したという。
ドイツ流の観念論を排し、英国流の実用主義を愛し、日本を支える職人、職人文化を尊んだ。
正に実地応用の素を養うの精神だ。
永年、民主主義、当時の言葉なら民本主義から進歩的な論陣を張った偉大な人だ。
なお一層の顕彰を求めたい。




































