女子美の中高大連携授業
早稲田に何が起こっているのか?
有名企業400社実就職率も慶應の圧勝
司法試験合格率も慶應の圧勝
早慶と一括りにしていても、格差が開く一方
いったい早稲田では、何が起こっているのか?
◆司法試験合格率トップ10
1位「予備試験合格者」92.63%
2位「京都大法科大学院」68.36%
3位「一橋大法科大学院」67.22%
4位「慶應義塾大法科大学院」60.00%
5位「東京大法科大学院」59.05%
6位「神戸大法科大学院」48.63%
7位「名古屋大法科大学院」47.19%
8位「早稲田大法科大学院」44.73%
9位「大阪大法科大学院」42.86%
10位「中央大法科大学院」39.30%
https://news.yahoo.co.jp/articles/25374a502b9b9737716b230a0b6a585c1e3abc40
地位財と非地位財という価値観があります。
地位財は、学歴、資格、勤め先、役職、年収等を人より高くなることで得られる財になります。
これらは、生産的にはプラスの側面が強いものの、勝たなければ、満足出来ない財であり、幸福感の持続は難しい財です。このため、勝ち続けなければ充実感を持続できない、物的には豊かでも、普通は死ぬ迄満足感なり幸福感を持続することが難しい財です。
これに対して非地位財という価値観があります。
非地位財は、家族、友人、趣味などで満足感を得る財になります。 これらは、生産的にはマイナスの側面が強く、社会の発展に対する寄与度は低く、物的には満たされない場合もありますが、長い時間、心は穏やかに、幸福感が持続する傾向があります。
若い内は苦労は買ってでもしろとよくいいます。
地位財と非地位財、という分け方自体はきれいなんだけど、それで世界が説明し切れた気になってしまうところに落とし穴があるんですよね。
学歴が地位財で、家族や趣味が非地位財ーーこう整理した瞬間に、人の営みがまるで二択で完結するように見えてしまう。でも実際は、どちらの側にも属しきらない領域があって、そこにこそ人が本当に時間をかける価値がある。
起業でも研究でも、成果そのものは地位財的に評価される一方で、それを作り上げる過程の思索や対話は非地位財に近い。社会を動かす仕事をしている人間ほど、この二つは混じり合っていて、片方を否定してもう片方に逃げ込むという単純化はあまり起きない。
若いうちの苦労という話も同じで、苦労そのものに価値があるのではなく、何を積み上げ、どこに接続させたかで意味が変わる。地位財か非地位財かという額縁で分けるのではなく、自分が何を構築しようとしているのか、その目標の解像度次第なんですよ。
地位財は悪くないし、非地位財は尊いーーでも、その両方をどう束ねるかで、人の時間の価値はほぼ決まる。分類よりも設計の方が大事なんです。
学歴がなくて社会で成功した人は「学歴は関係ない」とか言うんだけど、そういう人に限って自分の子供にはめっちゃ課金して有名私大の附属にいれたりする。我々庶民は「学歴は関係ない」という甘言にだまされてはいけません。庶民が社会で成功するには勉強するしかありません。貧乏でも一生懸命勉強すれば、成功への鍵を手に入れられます。
学歴という看板はもう使ってないけど、大学で学んだ手法やモノを調べるときの考え方や捉え方とかは、今でもずっと役に立っている。
大学まで行かなかったら、決して知ることのなかった内容とかにも触れられたし、たくさんの人にも出会って、人生で一番有意義な時間を過ごしたといってもいいくらい、大学時代は学びに遊びに様々な価値観が醸成されたなと中年になって思う。
学歴というと社会での賞味期限が短いかもしれないけど、歴の中で学んだことは一生モノだと自分は思っているから、子どもたちにもぜひ大学に行ってキャンパスライフを楽しんでほしいなと思っている。




































