女子美の中高大連携授業
私文専願者の価値って、なんだろう?
スレタイ通り
「私文専願者の価値って、なんだろう?」
パソコンできない
インターネットできない
アプリインストールできない
アルゴリズムわからない
プログラミングわからない
などの段階はあると思いますが、国内はそういう平和な話でよしとしましょう。
世界の中の日本のリテラシーというとどうか?
国立だから〜とか文科省が〜とかに
任していていいんですかな?
>重要と国家戦略として必須は違う
更に、文科省は
>◆ 大学における数理・データサイエンス教育の全国展開」 文科省 大学の数理・データサイエンス教育強化方策推進検討委員会
として、国立大学6校(東大、北大等)の拠点大学を選定し、これからの大学がカリキュラムや最後の修了認定試験に必要な試験問題を作成しています。
これを各地域に広める役割の協力校として国立大学20大学を選定。
「修了認定試験に必要な試験問題を作成」は、どの大学においても一定レベル以上となるように、その認定試験を合格しなければ修了者となれない、学力担保の為。
例えば、『高校数学のように高校で履修すればオッケー、学力のバラツキは許容』同様に、『どの大学でもDSカリキュラムを履修した大学生は、オッケー』としなかったのも、文科省が本気度が伺われます。
また、各大学が文科省に申請して『大学側が認定を受ける』のも(例えば群馬大学なら、リテラシープラス認定)、これらの一貫。
以上からも、国家戦略だと思います。
>国立だから〜とか文科省が〜とかに
任していていいんですかな?
カリキュラムも認定試験内容も、文科省の役人が作らずに国立大6拠点大学が行った。
この6大学で役割を担った教授等は、プログラミングやアルゴリズムを理解していない人は、そもそもカリキュラム作成も認定試験問作成にも関わっていないでしょう。
自我の分化は「自分はいかなる人間か」との自己概念の明確化に向かう。しかしながら、青年期では自分の容貌や才能、成績、学歴等々につき理想像と比較するため、自己評価は低下気味となり、劣等感が生ずる。自我も矮小化する。もっとも自己概念は、否定的な方向に向かうばかりではない。逆にわずかな出来事で優越感を生じたりもする。不安定な存在だ。
そうしたとき、私立大学(文系)の価値は何か、などと大騒ぎし、そこに入試科目に数学が含まれないとの事実のみで増長、私学をして「数弱」だの「軽量入試」だの遠くから―自らの母校名は伏せたうえで―高言する輩の所業は、いかなる心情に起因するものであろうか。上述の意味で私は、秀才が集う東京大学関係者がそこに存するとは、到底思われないのである。
>将来70万人程度の人材不足が予測されるデータサイエンス
数年前に議論した話です。
この70万人の多数を占めるのは、リテラシーレベル及び応用基礎レベル(プロフェッショナルは一部)
この人数を養成するには、まずは数学の学力担保のある国立大学生に文理の学部問わずDS教育を必須とする。
【人材不足を見越した人材育成】、【文科省の通達】と国家戦略との認識です。
1学年10万人未満の国立大学だけでは間に合わないので、私立大学にも補助金上乗せでDS教育を展開する。
上記、人材不足の予測が明白なので、安宅慶應教授も「大卒者は8割方リテラシーレベルでデータサイエンスの素養を持っていたほうが望ましい」と仰るのでは〜




































