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私立文系は不要で無価値というのは本当か?

【7396310】
スレッド作成者: ショージMR (ID:hweC8QoMvtU)
2024年 02月 02日 10:47

大卒の圧倒的多数を占めるとはいえ多過ぎじゃない?

【7397422】 投稿者: 互角とは学力でなく人数なのか   (ID:FE.dlL3GtGU)
投稿日時:2024年 02月 03日 18:35

>全国の私立大学定員数(498,019)
とのことで、週刊ダイヤモンド12/9には、23年3月に一般高校を卒業して大学に進学したのは54万6589人(文部科学省「学校基本調査」)で、旧7帝大+東工大に入学したのは2.5%の1万3663人(大学開拓支援・学位授与機構「大学基本情報」)。
とあります
国立大の総定員が96.000人程度、(←情報系での増員があり)
公立大の総定員が読みにくいけど、国公立大で全大学生の22%と説明されており、
公立大が25.000人程度と算出できるかな

すると70.000人前後が私大の定員数に対する事実上の空席、私大総定員の14%に相当

【7397429】 投稿者: 互角とは学力でなく人数なのか   (ID:FE.dlL3GtGU)
投稿日時:2024年 02月 03日 18:50

合格者数だから、国立後期と公立中期のダブル合格や、私大に進学して国公立大には入学してないけど国公立大合格者数は含まれるかと、
従って総定員よりも合格者の合計が多くなると思われます。

出身高校の都道府県別所在地でカウントしています。
例1.大阪府に住んでいて兵庫県の私立高校は、兵庫県で
例2.埼玉県に住んでいて東京都の私立高校は、東京都で

近畿圏は割と京阪神のトップ国立大以外にも、首都圏を含めて北海道から中国四国の国公立大に受験して入学するんです(名大や東北大には行かないのかも、そして関西弁の普及に努めてるのかも)
首都圏の高校からは首都圏の国立大も少ないし、加えて他圏には行かないんですよデータの数字上から読み取れる話をしているだけなのですが

【7397505】 投稿者: 結論   (ID:1MvYOdAFwsw)
投稿日時:2024年 02月 03日 21:04

相変わらず田舎の三流理系のお笑い草の跋扈がつづいているが、もうこのへんで、笑止ですね。
「手術台の上でミシンと蝙蝠傘が出会う」有名なアンドレ・ブレトンのシュールリアリズム宣言だが、都市のビジネスで必要なコミュニケーション能力とはこういうものなのです。
都市の多様性の中で異質なものを出会わせ、今までなかった商品やサービスを創造する。
こういう能力が本当のコミュニケーション能力なのです。消費者の欲望を喚起する新たな需要を生み出すビジネスは、こうやって、首都圏に君臨する私立文系の勇である早慶の出身者によって推進されていくのです。
「どさ、ゆさ」という田舎の閉塞したコミュニケーション空間にならされた田舎人では、いくら数学ができて、DSに精通したとしても、首都圏の早慶出身者にこき使われて終わりです。
できるならば、大学時代から早慶に通って、都市の多様性が出会う創造的な現場に慣れておいた方が良い。

【7397506】 投稿者: 穿ってみれば   (ID:dOTDHoJ80Sc)
投稿日時:2024年 02月 03日 21:06

>だから、君のような手合いに相手をするのはご遠慮申し上げたいのだ。



「答えられないから、いちゃもんつけて逃げてる」とも受け取られかねません。
御自分の主張は、きちんとされたほうがROM専の方へのアピールになると思いますが・・

【7397544】 投稿者: 訂正します   (ID:1MvYOdAFwsw)
投稿日時:2024年 02月 03日 22:08

私立文系の勇である早慶→私立文系の雄である早慶

【7397578】 投稿者: 人を育てること   (ID:1mYdWQWYmTM)
投稿日時:2024年 02月 03日 23:02

ある先生がこう述べていた。人を育てるということは、学ぼうとする人が「自分で何かを探そうという感覚を掘り起こすことを手伝うという感じ」なのだと。換言すれば、その人が自分自身をどう見ているかとの自己概念が人間の行動を規定しているものであると考え、その人の自己概念と経験やきっかけが一致する方向に支援することであるといえようか。その結果、学びに興味を抱き、寝食を忘れ、楽しみを以て憂いを忘れるような段階に至れば、なんと至福なことであろうか。くだらぬ暇つぶしに貴重な時間を浪費せずに済むからだ。

もっとも、そのためには、おのずからゆっくりと余裕をもって考える時間や環境が必要である。また、先行研究を吸収し、到達点を知ること。さらに、それを可能にする物理的な時間等の環境整備も必須である。それがいわゆる「学問に王道なし」ということであろう。それゆえ早期に成果や利益を得るための効率性を必然とする商売のための「研究」は、上述の意味での学問とは本質的に背理するものであると考えられる。その意味で、営利(商売)理系の諸氏はお気の毒に思う。「より稼げる研究」テーマしか、事実上選択肢がないのだから。

【7397595】 投稿者: 能力   (ID:Vtf5uhcRP/Y)
投稿日時:2024年 02月 03日 23:21

>その意味で、営利(商売)理系の諸氏はお気の毒に思う。「より稼げる研究」テーマしか、事実上選択肢がないのだから。


基礎研究に興味があるのならば、大学に残るか国立の研究機関に行けばいいだけでしょう。
それに、企業でも製品直結研究だけではなく、基礎研究的な位置づけの研究所もありますよ。
例えば、トヨタ中央研究所。
現在は、博士のみの採用(修士でも国際学会などへの論文投稿など飛び抜けた実績があれば可能)
トヨタ自動車の研究開発職とは、別組織です。

理系人材には、実績に製品になる〜ということ意義を感じ、それを楽しいと思う人達がいる。

実際に何かを生み出す力のない文系のあなたには、理解出来ない世界があります。

【7397596】 投稿者: 「恒産無きものは恒心無し」   (ID:1mYdWQWYmTM)
投稿日時:2024年 02月 03日 23:22

学問研究にゆっくりと考える時間や余裕が必要ということになるのであれば、やはりそれを可能にする精神的、物理的環境の存在が大前提になる。明日のパンの心配をしつつする勉強は、やはりつらかろう。また、周囲の理解も必要だ。その点、貧乏研究者のせがれであった私の場合、経済的余裕こそ乏しかったものの、勉強や本を読むこと自体には理解があったことは幸運であったと思う。当然、家人とも同じ価値観を有する(そういう女性を選んだ)。

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