在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
旧帝大に首都圏受験生が押し寄せる
旧帝大に進学する都会の生徒が増え、地元住民が押し出されているそうです。
中学受験で受験対策に長じた生徒たちが中高一貫に進む。ずっと塾通い続け東大無理となって方向転換し、旧帝大のブランド目指しているのか?
それとも中高一貫生の受験学力に恐れをなして都県立高校生が地方帝大に逃げているのか?(西、浦和、・・)
日本にとっては地方の優秀生が押し出される状況はどうなんでしょうか?
医学部だけでなく旧帝も各学部で地元枠設けないと、都会人に席巻されてしまう可能性がある。同じような育ち方をし塾通い続けた同質の生徒達。彼らが地方の秀才の教育機会を奪っているのは問題でしょう。
芝の北大合格者数が異常に多いのは部活の特殊な事情によるものです。
伝統的にスキー部が毎年北大を集団受験していることに加えて山岳部やワンゲル部からも多くが北大を好んで受験しています。
芝は3年連続で北大合格者数が首都圏高校NO1、今年は22名で全国9位です。
因みに、芝(増上寺)は北大発祥の地であり、芝と北大は非常に縁が深く切っても切れない関係なのです。
1891年の海軍兵学校に起源を持つれっきとした名門校だと思います
東大合格者数が20名を超えたのも1987年からと割と古く駒東と同様実績を伸ばし続けている点からも、比肩しうる男子校は数少ないのでは?
首都圏では開成、駒東、栄光、聖光くらいでしょうか
関西まで入れても甲陽灘くらいだと思います
(甲陽灘も歴史は浅いですからね)
高入廃止で滑り止めのイメージも無くなりましたね
2/1に開成麻布に届かなければ、男子校なら駒東海城早稲田、共学なら渋渋が定番になりましたね
2/3の受験校も同じイメージです
ここと早稲田は高偏差値帯の男子校の受験機会が限定的な2/2にも受験機会を設けることができれば、偏差値が伸び進学実績も伸長すると良いことづくめの様に思いますが…
もともと海城は高校から入る学校で中高一貫校ではありませんでした。
都立高校に引っ掛からなかった場合に高校から行く学校でした。
海城は都立高校合格発表日まで学費納入を待ってくれましたので、
10000人くらいの受験生が受験して9500人ほどが合格し、その内、都立高校に落ちた約1000人くらいが入学していました。
要するに1学年あたりの生徒数が1000人近くもいる物凄いマンモス校でした。
当時の海城の周辺は劣悪な環境で、昼間はロッテ工場から流れてくるガム臭に悩まされ、夜は近くの風俗街に立ちんぼが出没していました。
校則厳しいだけではなく体罰もあったため色々と大変な学校でした。
当時は東の海城学園、西の清風学園と呼ばれ、厳しくキツイ、生徒数が多い超マンモス校として知られていました。
理三12、千葉医8、医科歯科7、山梨5、(京医4、)横市4、群馬2と首都圏近辺の医学部中心に輪切りで分散しており、東大京大以外の旧帝医学部志向はあまり見られないですね
やはり卒業後のことや在学中の社会基盤のことを考えると首都圏志向になるのでしょうね
ちなみに2024の北大医は2名、東北医は1名です
あとは香川、愛媛、熊本など
前にも同じ内容の投稿を見た記憶がありますが、1947年に新制中学を設立しているので、もともと中高一貫ではなかったと言うのはいつの時代を指しているのでしょうか?
劣悪な環境だったとか、10,000人受けて9,500人合格だとか、ロッテガム工場の悪臭だとか、事実関係と年代を明確にして欲しいですね
そうでなければ故意にイメージを悪くしようとする意図的な印象操作の様に見えてしまいます




































