在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
旧帝大に首都圏受験生が押し寄せる
旧帝大に進学する都会の生徒が増え、地元住民が押し出されているそうです。
中学受験で受験対策に長じた生徒たちが中高一貫に進む。ずっと塾通い続け東大無理となって方向転換し、旧帝大のブランド目指しているのか?
それとも中高一貫生の受験学力に恐れをなして都県立高校生が地方帝大に逃げているのか?(西、浦和、・・)
日本にとっては地方の優秀生が押し出される状況はどうなんでしょうか?
医学部だけでなく旧帝も各学部で地元枠設けないと、都会人に席巻されてしまう可能性がある。同じような育ち方をし塾通い続けた同質の生徒達。彼らが地方の秀才の教育機会を奪っているのは問題でしょう。
確認出来る範囲では、海城高校の1989年以降の卒数は最大で556名、1967年卒数はおよそ500名10クラス
高校一学年1,000人全校3,000人超えと一学年500名超では必要なファシリティのキャパがまったく変わって来ます
根拠のない憶測ではなく事実を示すべきでは?
別データによると1981年卒数で430名でした
1967年、1981年の定時点と1989年以降のすべてで学年生徒数が1000名以上であることを示すものはありませんでした
ちなみに大学進学実績を追い求めるキツめの管理型からの転換は1992年だったようですね
バランスの取れた教育方針に変わって既に30年、順調に東大実績を伸ばし続けているのは素直に凄いと思います
学校群終盤からグループ合同選抜初期くらいまでは、各学区の2番手の滑り止めか3番手の併願校でしたね。
城北や巣鴨、市川あと芝もまだ高校募集してたような、その辺りが同じようなレベルで都立のおこぼれ拾ってました。
グループ合同選抜で都立が暗黒時代に入る頃から逆転しました。
あとは典型的な受験少年院だったのが、海城の卒業生は大学入学後に燃え尽き症候群で留年率が高いという悪い評判もあって、教育方針の大幅な見直しをはかったのが成功しました。
今はバランスの良い、いい学校だと思います。
高校募集を停止した中高一貫校と停止年
1971 駒場東邦
1974 麻布
1982 桜蔭 芝
1990 早稲田 大妻
1991 晃華学園
1994 頌栄女子学院
1995 鴎友学園女子 世田谷学園
2000 武蔵 獨協
2001 光塩女子学院
2004 品川女子学院
2007 吉祥女子 穎明館
2008 大妻中野
2010 東京都市大付属
2011 海城 富士見
2012 攻玉社 東京女学館
2013 高輪
2019 成城
2021 本郷
2022 豊島岡女子学園




































