入学後の不安が安心へ明誠の宿泊研修
私立大学出身者はエリートと言われますが、国立大だとどこまでがエリートですか? せいぜい東大一橋東京科学までですかね? 東京藝術大学や医学部もですかね?
それとも京大阪大くらいまで入りますか?
数学以外の科学で絶対と断言することは、仮説と検証、修正の繰り返しである科学を否することではないでしょうか。でも人間、過去の思いや感情が昂ってついつい絶対を口走ってもおかしくないです。ここのみなさんもわかっていると思いますよ。
一点だけ断言しておきます。現時点で「薬だけでうつ病が根本的に治る」という医学的根拠は存在しません。抗うつ薬は症状を和らげ、急性期の危機を乗り切らせ、再発を減らす役割を果たすことが多い。だが治すの主体は薬ではなく、休養や環境改善、社会的支援、心理療法といった複合的なプロセスです。これは国際的な医療ガイドラインと総説の一致点です。 
だから私が絶対に治らないと強い語を使った背景は、個人的経験由来の感情依存でなく、寧ろ臨床現場での役割分担を端的に示す為です。言葉尻に敏感になる人がいますが、重要なのは処方箋的な論争ではなく、回復に何が効くかを現実的に示す事。抗うつ薬は有効なツールの一つではあるが、根本治癒に寄与し得る薬ではない。ツールの使い方と、薬に頼らざるを得ない社会的状況こそ議論すべき対象です。 
最後に二つだけ。
まず、当事者の回復体験を軽んじるつもりはまったくない。薬が時間を稼ぐ道具として機能し、その間に環境や関係が回復していったという話は臨床でも頻出します。
だがその事実は薬が因果的に治したと同義ではない。厳密に明確に違う。
次に、議論を引き戻す余地は常にある。科学は仮説と検証の繰り返しで、新しい治療が出てくれば我々の言葉も更新されるでしょう。
現状の医学的理解を踏まえるなら、私の表現は過剰でなく、寧ろ当事者に誤解を与えないための慎重さに基づいています。 
ちょっと気になったさん。
感情は分かりますが、数学以外の科学も現時点の最良の理解に基づいて発言します。
ここでの「絶対」は形容ではなく、現行のエビデンスに基づく実務的な断定に過ぎません。感情的反応で議論が流れるのは本末転倒です。
揶揄や茶々はスルーします。必要なのは当事者を守る議論と、治療資源と社会的支援をどう配分するかの現実的設計です。






























