女子美の中高大連携授業
一流企業は東京にしかないのにわざわざ地方大学に行くのは愚かな行為ですか?
京大あたりでも先細り感が強くなってきた昨今、地方と中央の距離がかなり広がっているような気がします。
地方にはろくな企業がなく、地方にいるエリートは中央採用の転勤族か、医者か、電力会社社員のみ。それでも中央から見れば立派な負け組です。
一流は東京にしか存在しない、地方にいる限り支配される側にしかなれません。
そんな中、エデュ自称の地方旧帝エリートあたりは、どこのような行動をすれば良いのか。
地方創生
>歴代内閣の永遠の課題。
>やってる感を出すのが重要。
最近読んだ戦前の政治に関する資料の中に、道州制が当時の論点の一つとして出ていて、びっくりしました。100年ぐらい言っているだけで、何もしなかったという事になります。
>一流企業は東京にしかないのにわざわざ地方大学に行くのは愚かな行為ですか?
いいえ、愚かな行為ではありません。
少し頭を使えばわかることです。
大学生になって遊ぶならともかく、学問や研究をするとか自分を高めたいなら真っ当な大学(国立大学)へ進学した方がよいでしょう。
国立大学、受験が大変だけどね。
東京も賢い人、真面目な人は私大には進学していないでしょう。
国公立大学と私立大学のメリットとデメリットは以下の通りです
(国立大学のメリット)
・学費が比較的安い。
・教育の質が高く、研究機会が豊富。
・就職率が高い傾向がある。
(国立大学のデメリット)
入試が厳しく、受験科目が多い。
地域によってはアクセスが不便な場合がある。
(私立大学のメリット)
・入試が比較的容易で、受験科目が少ないことが多い。
・学生生活が多様で、キャンパスライフが充実している。
(私立大学のデメリット)
・学費が高い。
・就職率が国立大学に比べて低い場合がある。
議論が一世紀続いても形にならないのは、制度設計の問題ではなく、国家の構造的惰性の問題だ。道州制は構想としてではなく、責任の分散を恐れる中央集権の無意識によって封印されてきた。
日本では常に検討は行われてきた。だがそれは、実行を回避するための儀式に近い。制度の議論が進んだと言うとき、それは多くの場合、実現を遅らせる口実として機能している。
地方創生という言葉も同じ構図にある。創生という名のもとに、実際は地方を中央政策の実験場にしてきた。地方の再生が進まないのは、地方の努力不足ではなく、国家が地方を管理する仕組みと自立を促す仕組みを混同しているからだ。
真剣に議論しているという主張ほど、空虚な言葉はない。問われるべきは議論の熱量ではなく、結果として何が動いたかという現実だけ。




































