充実した教育環境の日大付属高校
大卒の文系人材のうち約30万人が職に就けない
◆2040年には理工系技術者が100万人以上不足し、同時に大卒の文系人材のうち約30万人が職に就けない
そんな衝撃的な予測が、文部科学省の私立大学改革に関する有識者会議で示された。
一方、教育系掲示板「エデュ」では、都市集中や文系偏重を当然の選択と捉え、地方国立大学を揶揄する投稿が散見される。
だがこれは、社会構造や将来の人材需要に対する理解の欠如を示している。
地方国立大学は、理工系学部を多数有し、現場応用力に重きを置いた教育体制を整備。
また、現代のAI・データ社会では、理系のみならず文系学生においても、DSリテラシーは不可欠な基礎素養となっていて、統計的思考力、情報処理能力、因果推論などのスキルは、ビジネス、行政、教育、メディアなど、文系領域でも必須だ。
言い換えれば、「DSリテラシーレベルの修了」は、もはや文理を問わず大学教育の最低要件である。
この点で、地方国立大学の取り組みは先進的であり、多くの大学でDS教育を全学的に整備し、リテラシーレベル修了率は80%を超えている。 一方で、私大(早稲田大学など)では、リテラシー教育の修了率が10%台にとどまり、AI時代への教育対応が明らかに遅れている。
この差は、『見かけのブランドでは覆せない【中身の格差】』である。
第5次産業革命時代において必要なのは、データと技術を用いて社会課題を解決できる実践知を備えた人材であり、そう考えるなら、未だに「都市私文=勝ち組」「地方国立=負け組」といった価値観に固執すること自体が、すでに時代錯誤である。
私自身はそのMARCH辺りのレベルの私大の理系側ですね。
もうとっくの昔に卒業して今の生活には普通に満足してますから、私自身の学歴などは別にどうでも良いのですけどね。
まぁ、そんな事はどうでも良くて問題は子や孫世代の進学をどう考えるかのお話です。
このスレとか見ている人達って自分自身がどうこうよりはそういう視点でしょう?
自分世代とこれからでは全く世界が変わってしまう可能性も高いのですから。
> そのスタンスだともうあなたが主張しているように駅弁とかに進学した時点でもうダメ。入学後にDSを含めて何を学ぼうと無駄ということですよ。
???
早慶の東大、京大ギリ落ちをセーフにしているのは、理数系の勉強を高校まではしっかりしているからだよ。それ以外の文系は高校でついていけず早々と理数系の勉強をあきらめているからだよ。
その点でいえば、地方国立は理数系学部の定員が多いし、できの良し悪しはあれど文系も理数系の勉強を捨てていないからセーフだね。
日本の生産性が低いのは、文系ホワイトカラーの生産性の低さが主要因だから、この解消をDXで加速したらMARCH以下の私立文系卒はやばいよ。早々にリスキリングの取り組んだほうがいいかもよ。
私大文系を攻撃してる人は数学的素養のない人は役立たないと言いたいのだろうけど、
marchの附属以上の数学の問題を解いたことがある人はどれくらいいるのかな?少なくとも附属を攻撃するのは、自身か子供が受かってから言って欲しい。
DSリテラシーの話を何百回とコピペする人がいるけどIパス、G検、DS検定と比較して難易度がどうなのか、教えて欲しい。受けてないから分からないかな?
ちなみに上記のいずれも私大文系でも楽々受かるレベル。
AI云々言う人は、当然スマホにいくつか生成AIをインストールしてますよね?AIの限界をAI自身に聞いてみて下さい。そして、それに対するあなた自身の見解を明らかにして下さい。
>AIの限界をAI自身に聞いてみて下さい。
これは全く意味が無いのですよ。
実際に数年前から業務でAIを使っている人の方が感覚として理解出来ると思います。
ここ数年のレベルでもAIの進歩は著しい。
研究開発などの最先端のレベルではなくても、実際にある程度使っていたら普通に理解出来ると思います。
割と率直に言って新卒レベルのスキルの人間にベースラインの教育をしてから仕事を振るくらいなら、AIを使って自己解決してしまった方が余程早いみたいなケースはザラになって来てますよ。
新卒のボリュームゾーンはMARCHよりは上くらいの職場です。
>私大文系を攻撃してる人は数学的素養のない人は役立たないと言いたいのだろうけど、
実際、AI時代の基礎中の基礎であるDSリテラシーレベルすら修了できない人間が、「数学的素養は要らない」と言い張ってる構図がもう終わってる。最低限の確率・統計に拒絶反応を示す時点で、AI時代の土俵にすら立てていない。
>marchの附属以上の数学の問題を解いたことがある人はどれくらいいるのかな?少なくとも附属を攻撃するのは、自身か子供が受かってから言って欲しい。
「習った」と「使いこなせる」は別物。DSリテラシーレベルですら修了できない層に、MARCH附属の看板だけで“学力の担保”があるとは到底言えない。
>DSリテラシーの話を何百回とコピペする人がいるけどIパス、G検、DS検定と比較して難易度がどうなのか、教えて欲しい受けてないから分からないかな? ちなみに上記のいずれも私大文系でも楽々受かるレベル。
「IパスやG検、DS検定は私大文系でも楽々受かるレベル」などと胸を張られても、それは“楽に取れる資格しか取ってない”という自己紹介でしかない。しかもそれらはすべて“DSリテラシー”の一部断面を切り取ったものであって、統計・データ処理・AI倫理・モデル運用といった全体像に触れてすらいない。単発検定の合格証をコレクションして「AI時代に通用する」と勘違いしているなら、それはもう“紙の鎧”で戦場に出ている状態だ。
そもそも本当にDSリテラシー相当の内容を身につけているなら、そこを揶揄するのではなく、「あれは初歩だから次の段階へ進もう」という話になる。何百回と聞かされてうんざりするのは、“何百回言われてもまだできていない人間”の証左。耳が痛いなら、それはむしろ必要なことが言われているという証拠だ。
>AI云々言う人は、当然スマホにいくつか生成AIをインストールしてますよね?AIの限界をAI自身に聞いてみて下さい。そして、それに対するあなた自身の見解を明らかにして下さい。
「AIを語るならスマホにいくつか生成AIをインストールしているはずだ」「限界をAI自身に問え」といった主張は、一見実用主義的に見えて、その実、概念理解とメタ認知の欠如を露呈している。
まず、生成AI(Generative AI)は確率的言語モデルであり、その出力は統計的パターンに基づく**事後尤度最大化(maximum a posteriori estimation)**によって生成されるにすぎない。
つまり、AIに“自身の限界”を問うという行為は、因果推論や自己参照的評価能力を持たないアルゴリズムに対してメタ認知的応答を期待するという、構造的な誤解である。
LLM(Large Language Model)には、自己の性能を客観評価する能力も、目的論的意図も存在しない。
また、スマホにアプリを入れて「使っているかどうか」を基準に語るのは、技術活用のリテラシーをUXレイヤーに矮小化した議論であり、機械学習の応用設計やAI倫理、データガバナンスといった中核的素養からは程遠い。ツール利用の有無と、技術の本質的理解は相関しない。
本当にAIの限界を論じたいのであれば、**トレーニングデータのバイアス、zero-shot generalization、アライメント問題(AI alignment problem)**などの構造的論点に踏み込む必要がある。「触ったことあるかどうか」を問うレベルで議論を止めているうちは、生成AIに“使われる側”からは抜け出せない。
































