アートの才能を伸ばす女子教育
一橋はどうして人気低迷なのですか?
一橋はどうして人気低迷なのですか?
例えば、開成や筑駒、灘、桜蔭などのトップ校からの進学者は非常に少数で、関東の二流、三流の高校からの進学者が一橋合格者の圧倒的多数を占めるようになりました。
今や、一橋は、関東ローカルのどうでもいい学校に成り下がりつつあり、ライバル阪大にも差をつけられつつあります。
どうしてこんなこととなってしまったのでしょうか?
一橋大の沿革
商法講習所時代
明治 8(1875)年 8月 森有礼が東京銀座尾張町に商法講習所を私設する。
東京商業学校時代
明治17(1884)年 3月 農商務省の直轄となり、東京商業学校と改称する。明治18(1885)年 5月 文部省の直轄となる。
明治18(1885)年 9月 東京外国語学校と合併し神田一ツ橋に移り、東京商業学校と称する。
高等商業学校時代
明治20(1887)年 10月 高等商業学校と改称する。
明治23(1890)年 1月 附属商工徒弟講習所を職工徒弟講習所とし、東京職工学校(東京高等工業学校、現東京工業大学の前身)に移す。
東京高等商業学校時代
明治35(1902)年 4月 東京高等商業学校と改称する。
大正12(1923)年 9月 関東大震災のため神田一ツ橋における本学建物の大半を失う。
昭和 8(1933)年 8月 予科が小平校舎に移転する。
東京産業大学時代
昭和19(1944)年 4月 附属工業経営専門部が設置。
東京商科大学時代
昭和22(1947)年 3月 東京商科大学の旧名にもどる。
一橋大学時代
昭和24(1949)年 5月 東京商科大学を改組し一橋大学とし、商学部、経済学部、法学社会学部を置く。
大学名が頻繁に変わって行くのと、東京外大と旧東工大ともかかわりが深いことが分かった
転職屋の年収データには、ほとんど転職しない公務員・アカデミック・ニートのデータは含まれておらず、単純にサラリーマン「内」での出世力の話やねん。
役員輩出率とも相関していて、出世力という意味では関東では横国≒東科大。
○上場企業役員輩出率
大学 役員率 役員 学生
東京大学 12.32% 1732 14058
一橋大学 11.96% 520 4348
--
慶應義塾大学 6.21% 1788 28789
京都大学 5.97% 761 12752
早稲田大学 4.13% 1572 38029
--
神戸大学 2.89% 331 11460
中央大学 2.71% 723 26669
名古屋大学 2.56% 243 9509
横浜国立大学 2.50% 182 7273 ←
大阪大学 2.50% 376 15059
東北大学 2.48% 266 10720
東京科学大学 2.36% 147 6242 ←
>大学名が頻繁に変わって行くのと、東京外大と旧東工大ともかかわりが深いことが分かった
一橋は、外語大とはきょうだい、東工大とはいとこ、のような関係ですね。
商法講習所は私塾で、辛酉事件で東大に吸収されそうになり抵抗した歴史がある(のでいまでも他大学との合併には消極的)。一橋は、建学の精神を重んじており、官立といってもマインドは私立に近い。同窓会も熱心。































